女王と龍神 戴冠
最初四人しかいなかった王の間は、今は人で溢れ返っていた。角笛を聞いた清龍族、亀水族の面々が、城にやって来たのだ。そこで、景華はあることを聞かされた。王の間に入って来た帯黒が、まず景華の前に跪く。それから、彼女を見上げて口を開いた。
「申し上げます、姫君。昨日の夜に、我ら亀水族の長、亀襄厳が亡くなりました……」
「え……おじいさまが……?」
一瞬当惑して、帯黒を見下ろす。彼がその言葉に頷いてから、続きを紡いだ。
「はい。姫の御為に、と最後まで死力を尽くして、逝かれました……」
「……わかりました……」
景華は唇を噛んで俯いた。一年ぶりに味わった、喪失の痛み。そして彼女は、また一つ、大切な物を失わなければならない。幼馴染の、親友たち。しかも、自分の裁量で……。城が陥落したという知らせを受けた、虎神族と緋雀族の長たちも王の間にその姿を現した。その後から、砂嵐族の長も部屋に足を踏み入れる。
「それでは、姫君。まず、姫君の即位式から執り行いましょう」
「はい……」
連瑛のその言葉に応えて、景華が立ち上がった。彼らがこの場所を集合場所として選択した理由は、景華の即位式をそのまま行うためであった。そのまま、広間の中央へと歩み出る。連瑛の手には、趙雨から奪還した王冠が載せられていた。
「各部族長は前へ」
連瑛の言葉に、残りの四人の部族長、亀水族からは帯黒が前に歩み出た。そして、景華の前で膝を折る。
「各部族長たち、こちらにいらっしゃる景華姫を次代の王と認めるのであれば、その裳裾に忠誠を誓う口付けを……」
最初に亀水族の帯黒が動き、その次に砂嵐族の長が彼女の裳裾に触れた。乱に協力してくれた彼らには、当然の行動だった。問題は、虎神族と緋雀族。
「姫君」
虎神族の長、秦扇が景華を見上げて呼んだ。真紅の瞳が、彼に向けられる。
「姫君、いえ、これからは陛下とお呼びするべきですね。此度のこと、虎神族の長として大変申し訳なく思っております。このような私でもお許しくださるのであれば、忠誠を……」
秦扇が彼女の裳裾を持ち上げて、忠誠を誓った。清龍族の連瑛は戴冠の役目があるために最後になるから、残るは緋雀族のみ。全ての部族からの忠誠が得られなければ、彼女の即位は無効とされてしまうのである。景華が緊張した面持ちで緋雀族の長、春蘭の父を見つめる。彼の手が、すっと動いた。
「知らぬことだったとはいえ、数々のご無礼、どうぞお許しを……。女王陛下に忠誠を」
景華は各部族長に笑顔を見せた。それが、彼らの忠誠に対する彼女の答え。
連瑛が景華の正面に立った。そして、深緑の髪の上に金色の宝冠を載せる。その重さは、彼女の努力の重さ。そして、ここまで来る間に死んでいった、多くの兵士たちの命の重さ……。彼女が失った、多くの物の重さ……。それら全ての重さを感じながら、ぐっと前を見据える。
「女王陛下の御代の、繁栄をお祈りいたします」
最後に連瑛が、膝を折って彼女の裳裾に口付けた。景華は悠然と歩き、玉座にゆっくりと腰掛けた。そして、王の間に集まった多くの人々を順番に眺める。その堂々とした態度からは、一年前までの頼りなさ、弱さは一切感じられない。そこにいるのは、強い意志と誇りを持った、若い女王だった。
「女王陛下の御代に繁栄を! 辰南の暁に祝福を!」
口々にそう唱える、多くの声。熱い物が、彼女の真紅の瞳からこぼれ落ちた。それでも、彼女は笑顔のままでいる。そして、彼をその目で探す。いた。入口にほど近い隅の方で、彼は自分のことを見守ってくれていた。悠然と、彼に微笑みかける。彼は、本当に彼女の夢を叶えてくれた。そして、玉座に腰掛ける彼女を見る、という物は、彼の夢でもあった。金色に輝く玉座と宝冠、そしてそれ以上に輝いている彼女の笑顔に、彼は小さく微笑み返した。
もうすぐ本編が完結します。
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