女王と龍神 衝突
次の日、連瑛は少数精鋭を率いて亀水族軍との合流地点に向けて出発して行った。柳鏡の指示で景華たちの軍も準備が進められ、彼らを見送ってすぐに出立した。
「颯! また乗せてね!」
景華がそう言って、彼女の馬の胴を撫でた。彼女が乗っているのは、一年前に城から一緒に脱出した馬だ。
「おい、もっとマシな名前つけてやれよ。そいつ、雌だぜ?」
柳鏡が苦笑交じりにそう言ってやる。おそらく、彼女は性別などまるで気にせずに名前をつけたのだろう。
「いいの。ねえ、颯? 素敵な名前でしょう?」
その言葉に、馬が小さくいなないた。
「ほら、嫌がってるだろ? センスねえな、って言ってるぞ?」
「違う! 今のはもちろん、って意味!」
馬の言葉などどちらもわからないくせに、くだらない口論のネタにする。一番迷惑をしているのは、当の颯だろう……。
「出発準備、整いました」
二人の間に、勇気ある兵士が割って入る。これで、何とかひと段落ついた。
「東門に向けて、出発!」
柳鏡の号令で、隊列がゆっくりと進み始めた。連瑛との打ち合わせでは、二日後の夜には東門に到着し、三日後には城に攻め入る予定だった。彼らは、明日から南門攻めを開始するという……。
「何っ? 反乱軍が南門をっ?」
趙雨の驚きに満ちた声が、閣議室にこだまする。その次の日、連瑛は言葉通りに南門攻めを開始した。
もっとも、彼らに対する備えがされていたのだろう、門に常駐している警備兵にしては数が多かったので、ふりをする必要もなく、彼らは真実苦戦していた。
「いいか? 攻め続けるぞ! 昼の部隊と夜の部隊に別れて、昼夜を分かたず攻撃しろ!」
東門に回った部隊が城に侵入するまで、彼らの隊は城からの攻撃を一手に引き受けなければならない。たとえ亀水族軍と合流していたとしても、彼らと違って砦を一つ落として来ている亀水族軍は、人数がかなり減っていた。その上、清龍族軍はほとんどが景華や柳鏡とともに東門側に向かってしまったのだ、門の方には城からの援軍がどんどん来る以上、彼らは不利な戦いを強いられていた。
「慌てるな。砂嵐族が裏切った時点で、彼らの里に面している南門には人員が多く配備されている。城からどんどん援軍を出して潰せっ!」
この攻撃は、趙雨の予想の範囲内のことだった。いずれ彼らの攻撃がこの城に届く際は南門からだということは、反乱軍が起こったという時点で予測していた。しかし、彼らがここまで進軍してきたのは、彼の予想よりもはるかに速い……。彼が内心では動揺していることも、確かだった。いてもたってもいられなくなって、彼女の姿を探す。
「ここよ、趙雨」
いた。彼のすぐ後ろに、彼女は立ってくれていた。その姿で、彼は心の平静を取り戻す。
「他の門は? 大丈夫なの?」
心配そうに眉根を寄せる彼女に、笑いかける。少しでも、安堵させてやりたくて……。
「ああ、問題ない。南門は一番低くて攻めやすい構造だから狙われたんだろう……」
「そう……」
小さく答えて、彼女の目が南門の方向に向けられた。その表情からは、不安、というものが抜けきっていなかった。
「父上たちが南門攻めを開始したみたいだな……」
山の中に分け入っていても、その喧騒が風の流れで聞こえてくる。一方の景華たちは、当初の予定通り、近くの山林にその身を隠しながら着々と東門との距離を縮めていた。
「うん。さっきから声が聞こえるようになったね……」
隣で、彼女が目を伏せる。ついに、趙雨たちと正面からぶつかることになってしまったのだ。
「ほら、早く行かねえと、父上たちがやってくれていることが無駄になるぞ」
その切なげな表情が見ていられなくなって、そうぶっきらぼうに声をかける。
「うん……」
「俺たちも明日には東門の前の林まで行って、明後日には突撃しなきゃならねえんだ。総大将のあんたがそんな顔していたら、士気に響くだろ?」
その言葉には答えずに、彼女は喧騒がする方をじっと見つめた。南門攻めを引き受けてくれた連瑛のためにも、急がなければならない……。
「私の鎧と剣を持て! 前線に出る!」
城では、趙雨がついに堪え切れなくなって、出陣の準備を始めた。
「ダメよ、趙雨。たかが反乱軍相手に王が出たりなんかしたら、権威が失墜するわ!」
「元からあってないような権威だ! そんなもの、今更!」
耳を疑うような鋭い音が、辺りに響いた。自分の頬を抑えて呆然とする趙雨と、唇を噛み締めてその彼を見つめている春蘭……。その顔は、青かった。
「行っちゃダメ! あなた、柳鏡に勝てるのっ?」
久々に聞いた、その名。懐かしく、苦い……。
「なぜそんなことを聞くんだ? 南門を攻めている連中には、それらしい奴はいないという話だぞ?」
「あなたが出て来るのを待っているに決まっているわ!」
趙雨の青い瞳が、見開かれる。あいつに限って、そんなことをするだろうか……?
「いい? あなたは彼の敵なの! その彼が、あなたを見逃すはずがないでしょうっ?」
それに……。春蘭が、彼から目を逸らした。
それに、もし彼が前線に出てしまえば、出会ってしまうかもしれない。大嫌いな、真紅の瞳の少女に。死んだことになっている、彼女に……。
「行かないで! 行っちゃダメ! 行かないで!」
泣きじゃくる彼女を見て、呆然とする。一体、彼女は何が怖くて自分を引き止めようとしているのだろうか……? だが、彼女がここまで言うのであれば、答えは一つだ。
「わかった、行かないよ……。ただ、念のために武装はしておこう。城の中にいる者は、全員武器を持て!」
趙雨の合図で、その場にいた全員がバラバラと動いた。城の中にいても、外の喧騒は聞こえてくる。趙雨の眉が、ギュッと顰められた。反乱軍の大将は、女性だと言う。まさか、本当に彼女なのだろうか……?
「そんなはずはない……」
彼が小さく呟く声に、春蘭の肩がビクリと震えた。喧騒は、今はまだ遠い……。