表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/144

女王と龍神 背中

「柳鏡」

 父親が、彼を呼んでいるのがわかる。その声を聞いて、彼は困った。

「俺にどうしろって言うんだ……?」

 そう溜息混じりに呟いて、自分の左側を見下ろす。その肩には、景華の頭が乗せられていた。彼女は、彼の気も知らず規則正しい寝息を立てている。隣に座って彼女のとりとめもない話を聞いてやっている内に、彼女が彼の方へと倒れて来たのだった。彼を見つけた父親が、歩いて来る。

「なるほどな、呼んでも来ない訳だ……」

 その様子を見て、苦笑する。

「申し訳ありません、父上。何かありましたか?」

 そのまま自分の父親を見上げて、彼が苦笑していることを確認する。だが、その笑顔が嬉しそうに見えることもまた事実だ。

「いや、特に用があった訳ではないが……。明日からお前とは別々の行動をとることになるからな、そちらの隊の指揮を任せる旨を伝えておこうと思ってな……」

「わかりました、全力を尽くします」

 それから、連瑛の視線がチラリと景華に注がれる。そして、今度は目を細めて穏やかに笑った。

「お前はこの前、お前の母が望んだような生き方はしていないと言ったな……」

 母が自分に望んだような、波風の立たない、穏やかな人生。それは、彼が龍神の紋章を解放してしまった時点で守られていない……。彼は、父の言葉に無言で応えた。

「私は、そんなことはないと思うがね……」

「なぜですか……?」

 その言葉に、目を上げる……。紋章を解放して呪われた運命を歩んでいる自分の人生の、どこが穏やかだと言うことができるのだろうか……? 連瑛の頬に、深いしわが刻まれた。父のそんな笑顔は、そうそう見ることはできない。

「これまで見たお前の中で、今が一番、穏やかな表情かおをしている……」

 父の言葉に、深く息を吸い込む。確かに、そうかもしれない……。

 たとえ残された時間が僅かだったとしても、その間は彼女と一緒にいようと、彼女のわがままを精一杯聞いてやろうと誓った。そして彼女からもその分の、いや、それ以上の笑顔ものが返って来るようになった。その事実は、彼を十二分に満足させていた……。

「確かに今が……今までの俺の人生の中で一番幸福で、満ち足りているのかもしれません……」

 息子のその表情は、本当に今のその状況に満足していることを表していて、その父親にはそれが何よりも誇らしく、そして、悲しかった。

 もっと時間があれば、彼には間違いなく今以上の幸福が待っている。愛する人との、温かい家庭。誰からも認められ受け入れられる、故郷ふるさと……。それなのに、彼にはそれらを望むことが許されていない。そして、息子はその事実に満足しているのだ。

 連瑛は、息子に背を向けた。その背中が彼の目にどう映ったかは、わからない……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ