女王と龍神 洞窟
一行は、地の底への入り口をくぐった。ひんやりとした空気が、洞窟内を包んでいる。時々、水が落ちる音も聞こえてくる。
「前に退治した奴の、住処みてえだな……」
柳鏡が、景華だけにこっそりと呟く。その後で、まずい、と思った。景華には、大蛇の妖怪を退治した話は聞かせていなかった。
「前、って、いつっ?」
対する彼女は、真っ暗な上に足場の悪さが災いして、必死になって歩いていた。一歩を踏み出すごとに、一言を話しているという状態。柳鏡が、呆れたように溜息をついた。
「あんたなぁ……。そんな歩き方していたら、一月はここを抜けられないぜ? 怖い怖いと思うからそんなへっぴり腰で歩いてるんだろうが」
情けない、と呟く柳鏡だったが、今度は肘鉄が飛んで来ることもない。どうやら、本当に真剣なようだ。
ふと彼が足を止めると、景華もその歩みを止めた。暗闇でも、じっと彼女が自分を見上げているのがわかる。その表情まで、はっきりと。
「だって歩きにくいんだもん! 転んだら痛いし……」
確かに足元はごつごつとした岩場だ、転んだら半端なく痛いだろう。だが先程の話であったように、馬に乗るのは到底無理な話だった。天井の高さが、馬の背丈とギリギリなのだ。
「文句言うんじゃねえよ。これで無事に城のそばまで着けば、万々歳だろうが」
「わかってるわよー。だから、頑張って、いるんで、しょ!」
口を尖らせて、彼女は再びそのおかしな歩き方を始めた。その滑稽な姿に、思わず吹き出しそうになる。仕方なく、柳鏡が彼女の前に出た。
「いいか? 俺が歩いたところを歩け。あんたと違ってまともに足場を選んでいるからな、いくらかマシだろう。この位の距離でなら、何とか俺の足位見えるだろ?」
そう言って、彼女を振り返らずに歩き出す。
「無理だよ、柳鏡。九寸も背丈が違うんだもん、柳鏡の歩幅で歩くなんて無理!」
そう不平をこぼしながらも、彼に言われた通りにその足跡を辿ってみる。
「あれ……?」
一歩を踏み出して、驚く。その後、二歩目を踏み出して、確かめる。そして、三歩目を踏み出して、確信する……。
「ねえ、柳鏡。歩幅、合わせてくれてるの……?」
それには答えずに、彼はどんどんと先へ進んで行ってしまう。それでも、その歩幅は彼女のそれに等しい。
「ねえ、柳鏡ってばー!」
景華の声が、洞窟内に反響した。それに気が付いてから、慌てて口を押さえる。柳鏡が振り返らずに彼女に言った。
「仕方ないだろ、どこかの誰かが寸足らずなんだから。大体あんた、チビのくせに声だけでか過ぎ……」
「失礼しちゃうわねーっ!」
その声もまた、洞窟内に響く。しかし、清龍の兵士たちは二人のこんなやり取りにはもう慣れているので、無視してひたすら進軍を続ける。
誰もが黙々と行進を続ける中、日の光が恋しくてたまらない景華だった。
ちなみに二人の身長ですが、景華が155センチ、柳鏡が182センチです。