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女王と龍神 肘鉄

「ちっ、砂嵐族め!」

 忌々しげにそう舌打ちして、趙雨は手にしていた杓を床に投げつけた。まさか、裏切られるとは。彼らのその行動は、そのまま彼の政権への不満を表していた。もう、後がない……。

 父が送ってくれるはずの援軍は、その砂嵐族のせいで遥か西方で足止めをされていた。春蘭の父が送ってくれるはずだった援軍も、炎の砦の手前で反乱軍と未だに膠着こうちゃく状態だと言う。

「苛立っても仕方ないわ、趙雨……」

 春蘭が、彼が投げた杓を拾い上げた。そのまま彼に歩み寄る。

「こうなったら、恥も外聞も捨てて総力戦に持ち込むしかないわ。城の兵士たちは強者揃いだし、きっと大丈夫よ……」

「ああ……」

 彼女が渡す杓を受け取って、どことなく上の空、という様子で答える。彼の脳裏にちらついているのは、銀色の百合。

 反乱軍、しかも三部族が、これだけ長い期間にわたって結集している。そこから考えて、彼らは余程の旗印の下に団結したとしか思えない。そして、その条件に最も適しているのが彼女なのだ。唯一の直系の王族で、その母は亀水の長の一族出身、その護衛には清龍の長の息子である、龍神……。

「だが、なぜ生きていたんだ……?」

 そう、彼女は死んだはずだ。ここにいる、春蘭の口から確かに聞いた。だが……。

「反乱軍の総大将が誰なのか、調べる必要があるな」

 そう重く言って、彼は春蘭がいる部屋を後にした。彼女一人が、会議を執り行う閣議室に取り残された。そこには、四神剣が置かれている。それを細い指でなぞりながら、ゆっくりと室内を見渡す。

 赤い色は、嫌いだ……。


 砂嵐族の協力があったおかげで、彼らは無事に進軍を開始することができた。何でも城のそばまで通じている抜け道を教えてくれるとかで、景華たち清龍族軍の一行は、砂嵐族から派遣された案内役の人物について北進していた。

「砂嵐族は、万物に神が宿ると考えている」

 相変わらず隣にいてくれる柳鏡が、そうこっそりと教えてくれる。

 辰南国では、砂嵐族以外の部族は全て、それぞれに白虎、朱雀、青龍、玄武を神として崇めていた。唯一砂嵐族だけが、万物に神が宿るなどという独自の信仰を持っている。

 その時、一行の足が止められた。景華と柳鏡も、馬の手綱を引く。

 そこには、山肌にポッカリと口を開けた洞窟があった。普段は周囲に茂っている樹木に覆われているらしく、辺りには斬り倒された木々が転がっていた。砂嵐族の兵士たちは、口々に木々の神に祈りを捧げている。それは、景華や清龍族の人々にとっては異様な光景であるとも言えた。洞窟は奥に行くほど下っていっていることから、地下に通じているに違いない。

「ここから、城の南門まで半日、という距離の場所まで移動できます」

 案内人が、連瑛に頭を下げてそう言った。南門は城下の街に面していて、そこから入ってしまえば罪もない街人を巻き込んでしまうのは目に見えている。景華の眉が、ギュッとひそめられた。その様子を見た柳鏡が、父の方へと馬を歩かせる。

「父上、まさか南門から突撃するなんておっしゃいませんよね? 民を巻き込むとなれば、姫は納得してくれませんよ?」

「……」

 柳鏡のその言葉に、連瑛はしばしの沈黙をもって答えた。それは、彼がまさか、と言ったことを実行しようとしていたことを表している。

「このままこの抜け道で南門のそばまで行き、その後近くの山林を迂回して東門に近付くのはどうですか?」

「それでは、時間がかかり過ぎるだろう。城側に我々の存在が気付かれるかもしれない……」

 そうすれば、より多くの犠牲が出てしまうことは目に見えている。柳鏡も連瑛も、密かに頭を抱えた。

「あの……」

 景華が静かに歩み出た。二人の視線が、彼女に注がれる。

「半分に分かれるのはいかがでしょうか、連瑛様……。城の南門を攻めるふりをする軍と、東門に迂回して本当に城に攻め入る軍です。そうすれば、南門に城側の目線が向けられている内に、残りの人々が移動することができるでしょう?」

「攻めるふり、ですか……?」

 そんな奇策聞いたことがないぞ、と思いながらも、連瑛は景華が話す続きに聞き入った。

「はい。本当に攻め入ったのでは、民の犠牲を生むことになりかねません。苦戦しているふりをして、うまく押したり、引いたりする必要があるんです……」

 柳鏡の目がほんの少し、驚きに見張られた。まさか、彼女からこんなに素晴らしい作戦が生み出される日が来るとは思ってもいなかった。彼女に兵法について教えてやっていた、懐かしい生活が脳裏に蘇って来る……。

「それは……。相当熟達した指揮官でなければできませんね、父上……」

 息子が自分に何を求めているのか、彼にはわかった。それに、心の中で強く頷く。

「それでは、その役はこの連瑛が引き受けましょう、姫君。南門付近で亀水族の軍と合流することになっていますから、私たちは最初少数で行き、彼らと合流した後に南門攻めを開始します。それでよろしいですか?」

「ありがとうございます、連瑛様!」

 景華がそう言ってニッコリと微笑んで見せた。

「あんたにしちゃあ上出来な作戦だったな。やってみる価値はある。」

 これは、彼なりの褒め言葉だった。それでも、対する彼女は絶対にふくれっ面……。

「あんたにしちゃあ、は余計! この抜け道を行けば、城までどの位で着きますか?」

 案内をしてくれている、砂嵐族の若者に景華が問いかけた。彼は深く一礼してから答える。

「五日、長ければ一週間はかかります。何しろ中は真っ暗なものですから、足場がうまく取れるかどうかで変わって来てしまうのです」

「馬たちは連れて入れますか? 見た所、かなり広そうですが……」

 景華が、洞窟の入り口を背伸びして眺めながら訊ねた。その様子を見た柳鏡が、隣でこっそりと彼女に言う。チビ姫、背伸びしないとそんな物も見えないのか? と。景華の肘鉄が、見事に柳鏡の鳩尾に吸い込まれた。そのまま柳鏡がむせ込む……。口は災いの元、とは、よく言ったものだ。もっとも、彼が鉄鎧を着ていればもっと別の結果が待っていたのかもしれないが……。

「連れて入ることは可能だとは思いますが……。乗って歩くことは困難でしょう」

 その一部始終を見ていた若い兵士は、少々引きつった笑みを浮かべながらそう答えた。

「わかりました。さあ、行きましょう、連瑛様」

 景華がそう言って、連瑛に笑顔を向ける。連瑛は、苦笑いをしてそれに応じた。自分の息子は、どうしてもこの姫には逆らえないな、と思いながら……。

 ゆるりと、行進が始められた。

「……死ぬ思いしたぞ」

 恨みがましい目で彼女を見て、柳鏡がそう言った。それから、小さくむせ込む。景華にやられた肘鉄の衝撃が、まだ残っているらしい……。

「言ったでしょ? 柳鏡だけは三十回位死になさい、って」

 景華がそう言ってつん、とすました顔をした。どうしても、一矢報いてやりたい。

「洞窟の中は真っ暗かぁ……。誰があんたの脚触っても、わからねえな。その前に、誰かさんが怖い怖い、って泣き出さなけりゃあいいけどな……。何しろ、一週間も地の底だぜ?」

 景華が、ぐっと返答に詰まった。実は、彼女は昔から暗い所が苦手なのだ。城にいた頃は、眠っている間でさえ明かりをつけていた。清龍の里では、夜に一人になることは滅多になかったので問題なかったが……。

「み、皆いるから怖くないし……。それに、そんな変なことするような人、柳鏡しかいないからね! もし何かあったら、犯人は絶対に柳鏡!」

「アホ。あんたの脚なんか触ったって面白くねえよ……。俺にだって選ぶ権利位ある」

「よくも言ったわね! 覚えていなさい!」

 顔を真っ赤にして怒る彼女に、ほんの少し笑いかける。それだけで彼女が大人しくなってしまうことを、彼は知っていた。案の定、彼女は赤い顔のまま俯いて、彼から視線を逸らした。

ここまでお読み下さっている皆様、ありがとうございます。

前回から四部に突入しております。よろしければ今後もお付き合い下さいませ。

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