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旗印と龍神 合流

「景華姫、怪我しちゃったんだね。痛そう……」

 蘭花の方が、そう言って顔をぐっとしかめる。矢傷の痛みを想像しているようだ。

「でも、お母様。そうしたら、蘭花も結婚する時には自由にできないの? ちょっと可哀想だよ」

 兄が、隣にいる妹の顔を見やった。妹の方は、今度は心配そうに眉を寄せている。

「大丈夫よ。蘭花はお兄ちゃんがいるからね。景華姫は一人っ子だったからそうなってしまったの」

 ほっと頬を緩めた後で、別の疑問を母親に投げかける。

「お母様は、どうやってお父様と結婚したの? お母様も一人っ子でしょう?」

 両親の仲が良いことは、二人とも知っていた。到底、政略結婚とは思えない……。

「お父様が、この国で一番の人だったからですよ」

「ふうん……」

 誤魔化された気もするが、仕方ない。子供たちの追求から逃れるかのように、母親の口から続きが紡がれた。

「その後、景華姫たちは無事に青谷を抜けることができました。途中何度か戦うことにもなりましたが、その度に柳鏡が活躍してくれたのです」


「姫君! あそこに我が軍の旗が見えます。どうやら、合流地点に着いたようです」

 青谷を抜けてすぐの林の中が、清龍軍の合流地点になっていた。旗の数からみて、連瑛が率いていた隊と柳鏡の兄たちが率いていた隊は、すでに到着していたようだ。そこに、景華たちの軍が混ざる。

「姫君、御無事で何よりです」

 連瑛が馬上からそう挨拶をしてきたので、景華もそれに笑って答えた。

「連瑛様も、お疲れ様です。ここで皆様にお会いできて本当に良かった」

「柳鏡、姫君にお怪我をさせるようなこと、なかっただろうな……?」

「はい、父上……」

 景華に口止めをされたので、柳鏡はそう嘘をついた。彼女の怪我を残りの三分の二の隊が知る必要はない、というのが景華の考えだった。傷は、とりあえずは塞がっていた。肩を上げたり大きく動かしたりすると痛むが、それ以外には特に問題はない。傷痕は、残ってしまいそうだが……。

「それでは、姫君。このまま南進します。よろしいですか?」

「ええ、行きましょう。次は炎の砦でしたよね?」

 連瑛の命で、合流した大隊が進軍を開始する。全体としては、二割強の兵士が減ってしまったようだ。つまり、景華たち以外の隊も攻撃を仕掛けられていた、ということだ……。

「父上たちの隊は、二度程戦闘を行ったみたいだ。兄さんたちは、三回……」

 兵士の減り具合から、柳鏡が計算して景華に教えてくれた。そして、そのまま馬を並べて歩かせる。

「肩の具合は?」

 小さく、誰にも聞こえないように彼女に訊ねる。誰にも気付かれないように、唇の動きも最小限に抑えて。

「ちょっと痛むこともあるけど、大丈夫」

「傷は……?」

 小さく目を伏せて、景華が答えた。

「塞がってはいるけど、残っちゃうかも……」

「そうか……」

 何か言葉をかけてやりたかったが、何をどう言っていいのかさえわからない……。ふと思い出したことが、口を衝いて出た。

「あんた……。あれ、まだ着けてたんだな……」

 一瞬、何のことなのかわからずに戸惑う。それから、思い当たることが一つ。

「うん……。なくしたり壊したりしたら困るから、置いて来ようかとも思ったんだけど……」

 彼らが話しているのは、柳鏡が景華に贈った珊瑚の首飾りの話だった。肩口の矢傷の治療をした際に、白くて細い首にそれがかかっているのを、柳鏡は見たのだ。普段は襟の中にしまわれているので、誰にも、絶対に気付かれることはない。

「別に……。あんたにやった物だから、あんたの自由だけどな……」

 そう言ってついと目を逸らし、乗っている馬同士の距離を若干離す。これでは彼が何を言いたいのか伝わらないと思うが、本当は彼女の首にそれが揺れるのを見た時、とても嬉しかったのだ。城で育った姫君には当たり前の物だから、彼女はすぐに飽きてしまうだろう、と彼は思っていた。しかし、彼の予想に反して彼女はそれを身に着け続けていたのだ。

 我ながら単純かもしれないな、と彼は思った。彼女の行動一つで、一喜一憂してしまうのだから……。

「変なの……」

 彼が何を考えているのかわからない彼女は、そう言って口を尖らせる。今日は、久々に晴れ間が広がりそうだ。


「どうなった? 無事に討伐できたかっ?」

 城に報告に戻った将軍に詰め寄る。趙雨は、内心ではかなり焦りを感じていた。反乱軍が出たことは、すでに城の閣僚たちは知っていた。その旗印までは、まだ知らされていなかったが……。

「それが……。どちらも予想以上に抵抗が激しく、城の近衛隊だけでは太刀打ちができません! 援軍を要請して下さい、陛下!」

 趙雨の眉が、ギュッと顰められる。正直、この決断は難しかった。

 確かに、虎神族や緋雀族に援軍を求めれば、簡単に討伐ができるのかもしれない。だがそうなると、城の近衛隊でも抑えられない程の反乱軍が出た、として、人心に不安を与えかねないのだ。そうでなくても、偏った人事で国民の支持を得られていない彼の政権は不安定であるため、これ以上人心を揺さぶるようなことになっては、暴動も起きかねない。

「城の近衛隊を増員する、と言って援軍を集めたら?」

 後ろから、彼女の声がする。その声の方を振り返り、趙雨はほっとした。自分一人では頭を抱えてしまうような問題も、彼女がいてくれれば解決できる気がする。

「そうだな、それがいいかもしれない。父上、どの位なら兵士を貸していただけますか?」

「私もお父様にお願いしてみるわ」

 春蘭の後ろ姿が、戸口から消えた。それを見送ってから父である虎神族の長、秦扇シンセンに目線を戻す。

「趙雨、正直なことを聞いてもいいか?」

「何ですか、父上?」

 厳しい顔きで、顎に手を当てて何事かを考えている。そして、重い口調で話を切り出した。

「反乱軍の旗印に、銀の百合が描かれているという。……本当か?」

 趙雨の顔色が、一瞬にして青く変わった。その様子から、返答がなくても答えを読み取る。

「それでは、その軍に姫君がいらっしゃるのではないか? 銀の百合と言えば、王家の姫の紋章のはずだ……」

「偽物に決まっていますよ、父上……」

 青い顔のまま、自分の野望の犠牲にした少女の顔を頭に思い浮かべる。彼女が、生きているはずがない……。

「父上も一緒にお聞きになったではありませんか。彼女の死体が揚がった、という話は……。同じ深緑の髪だったそうですし、彼女のかんざしまでしていたのであれば、間違いありません」

 その言葉に、父親が疑問を差し挟む。

「私には、どうも納得がいかないのだ。姫君は、柳鏡がさらって行ったのだろう? その彼がなぜ、姫君の死体と一緒に揚がらないんだ……? たとえどんな状況に陥ったにせよ、あの若者が、姫君を自分より先に死なせるとは思えないのだ……」

 趙雨が、それには確信があるように答える。

「おそらく、無理に自分の妻にでもしようとしたのでしょう。それで、姫君が思い通りにならないから殺したのではないでしょうか。彼が姫君をどう想っていた・・・・・のかは、子供の頃から見ていてよく知っていますから……」

 秦扇が、険しい顔付きで何事かを考える。そして、また重いその口を開いた。

「私には、やはり納得がいかないのだがね……。わかった、三千の兵を貸そう。ただし、もしも反乱軍の中に姫君がいらっしゃるとわかれば、直ちに兵を引かせてもらうからな。姫君がいらっしゃるのであれば、反乱軍はこちらの方になってしまう」

「ありがとうございます、父上」

 反乱軍の中に、彼女がいる訳がない。趙雨はその確信の元に、父親との約束に合意した。戻って来た春蘭が密かに眉根を寄せて考え事をしていることに、彼は気付いていない……。

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