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旗印と龍神 絶痛

「いいか? この先で戦闘になることは間違いない。けれどあんたは、自分の身を守っていればそれで良い」

「どうして? それじゃあ役立たずじゃない。あんなに練習したもの、大丈夫よ」

 配給の食事を景華の分も取って来てくれた彼に、口を尖らせてそう答える。彼女の隣に腰を下ろして器の片方をその手に持たせてから、柳鏡が口を開いた。

「あんたに、人を斬らせたくねえんだよ……」

 深い緑の瞳が、何か複雑な物を宿して、揺れる……。意味がわからない、と思って、景華はその口を反抗的に尖らせたまま彼が続きを話すのを待った。

「いいか? 生きるためには仕方ないとしても、戦場では人を殺さなきゃならない。だが、相手も人間だ。同じように痛みも感じれば、あんたが言ったように家族もいる……」

「……」

 景華の目が、伏せられた。柳鏡の言いたいことが、何となくわかった気がする……。

「俺たちは、そんな奴らの人生を奪っているんだ。それを後から考えると、痛い……」

 柳鏡の顔が、心の痛みにほんの少し歪んだ。そう言えば、彼が戦場で挙げた武勲を誇るところを、彼女は一度も見たことがない。すごいのね、と褒めても、曖昧で悲しげな笑みを返すだけ……。その時は、嫌味や冗談で応酬してくることもなかった。

「だから、あんたにそんな痛みを覚えさせたくねえんだよ。心配しなくても、あんたに近付く奴がいれば俺がぶった斬ってやる……」

「わからないよ……」

 景華が、俯いてそう言った。その言葉に柳鏡が片眉を吊り上げて、ほんの少しだけ反応を示す。何がわからないのか、彼にはそれがわからない……。

「だってそれじゃあ、柳鏡が後から痛いでしょう……?」

 そうか、そんなことだったのか……。彼女の言わんとしていることを理解して、彼は空を見上げた。少し肌寒い位の空に、食事の湯気が白く立ち登る。

「いいんだよ、俺は。今までに何度もそういうことはあったし、今更……」

 そうだ、人でないこの身が、今更心の痛みなど感じてどうする……。右手でぐっと、左腕を握る。温かさという物が、全く感じられない……。

「ねえ、柳鏡? 一つ、聞いても良い……?」

「何だよ?」

 自分がどこか奥底で動揺していることを彼女に気付かれないように、普段と同じ口調を意識してそう返す。

「柳鏡は……そんな痛みを知っているのに、どうしていつも戦場に行ったの?」

 辰南の龍神はよわい十四でその初陣を飾り、以来、数多くの武勲を立てて来た。しかし、そのような痛みを知っていながら、彼はなぜ頼みにされるがままに戦場に赴き、数多くの犠牲を生みながらもその名を轟かせてきたのだろうか……?

「……」

 彼は、どう答えれば良いのか迷った。答えは単純明快だ。彼女のため、彼女の笑顔のため。そして、彼女の幸福に自分の存在意義を見出している、自分のため……。だが、それをそのまま話す訳にもいかない。形の良い眉をひそめて、柳鏡は少しの間考えていた。

「そうだな……。俺が人でいられる証拠のため、かな……?」

 かなり言葉を濁して、そう言った。鈍い景華には、この意味は全くわからないだろう……。それがわかっていて、敢えてそう答えた。彼女が真実を知る日は、永遠に来なくていい……。それが、彼の願いだった。

「人でいられる、証拠……」

 彼の言葉を、そう繰り返す。人でない証拠、として彼が挙げているのは、もちろん龍神の紋章。では人でいられる証拠、とは……?

 景華に考えついたのは、彼がその痛みで自分が人だと確認しているということ。その痛みで、自分の中に心という物が存在することを確かめている、ということ……。

「柳鏡、馬鹿だね……」

 彼に景華がかけられる言葉は、それだけだった。彼のその行動は、彼女には馬鹿だと言うことしかできない……。それ以上に、彼の悲壮な生き方に対して言える言葉が、あるだろうか。

「放っておけ。それであんたに迷惑かけたこと、ないだろ?」

 確かに、彼がそれで一度も自分に迷惑をかけたことはない……。だが、それでも。

「やっぱり、馬鹿……」

 そう言って冷めきった食事に手をつけた彼女に、柳鏡はそれ以上何も言わなかった。

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