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旗印と龍神 会議

「集まったようですね」

 そう言ったのは、清龍族の長、連瑛レンエイだ。会議室として利用している彼の屋敷の一室には、他に柳鏡の腹違いの兄たちと、亀水族からの代表も何人か集まっている。ここのところ、清龍族と亀水族の間では、罪人の引き渡しが難航しているふりをして親密に連絡が取られていた。亀水の代表には、景華のいとこである凌江リョウコウの姿もあった。

「さて、我々はこれまでに何度もこうして軍議を行ってきました。今日は、来るべき決起の日に備えて、作戦の最終確認をしたいと思います」

 全員で囲んでいる大きな机の上に、連瑛の手によって辰南国の全図が広げられる。

「まず、私たち清龍族は国の東側にある青谷セイゴクから進軍し、そのまま南方に向かって緋雀の里と城の間の炎の砦を落とす。ここには現王を名乗っている趙雨に陥れられた有力者が投獄されているから、彼を助け出してそこの守りにあたらせる」

 連瑛が手に持った剣の先で、地名を順番になぞった。全員の目が、その銀の切っ先が指し示す物に向けられている。

「そして、その間に亀水族の方々には、城を挟んで炎の砦と反対に位置している、水の砦を陥落していただく。ここには北の国の王子が人質として幽閉されているはずなので、彼を助け出して援軍を求める。北の国には彼の他にも王子がいるが、どうも政務には不向きだと言う話だ。そこに彼を返してやるとなれば多少なりとも協力をしてくれるだろう」

 ここで一度、剣先が紙の上を離れた。皆の目が連瑛に向けられる。

「おそらく、この段階までには二度、城の兵と一戦交えることになるだろう。一度目は青谷を通過する際。青谷には趙雨の息がかかった領主がいるからな、ここでの戦闘は免れないだろう……。二度目は炎の砦を落とす前の話だ。亀水族の方々が先に水の砦を落とし終えるだろうから、その後、他の砦の近くには城の警備隊が常駐することになると考えられる」

 銀の切っ先が、再び辰南国の上を走り始めた。全ての目が、それを真剣に追う。

「こうして城の南北を囲んでしまえば、その中央に住んでいる砂嵐族はこちらの方に寝返るだろう。自分たちの里に攻め込まれる訳にはいかないからな……。そして、西側の虎神族からの援軍を砂嵐族に担当させて、二部族の連合軍で一気に王都に攻め込む。この際、少しでも進軍にかかる時間を短くした方がいい。城側が砂嵐族の裏切りに浮足立っている内に責め滅ぼすためだ」

 城を、趙雨を責め滅ぼす……。景華の心に、その言葉が重くのしかかった。父を殺され、彼がどんなに酷く自分を裏切ったとしても、幼い頃からよく面倒を見て遊んでくれた彼のことは、未だに嫌いにはなれない。それはもちろん、春蘭に対しても言えることだ。彼女があまりにも辛そうな顔をしたのだろうか、机の下の景華の手を、隣にいた柳鏡の手が強く握った。小さく大丈夫、と返す……。

「問題は、いかに我々の乱が正統な物であるかということを証明することです」

 連瑛のその言葉に、景華が声を上げた。

「あの……、よろしいですか、連瑛様?」

「どうぞ、姫君」

 連瑛に促されて景華は立ち上がり、軍議に参加している面々を見渡してから言葉を紡いだ。大きく、はっきりと。

「私は、趙雨がお父様を殺害する現場を見ました……」

 誰もが息をのむ……。その衝撃で景華がしばらく声を失っていたことは、ここにいる誰もが知っていた。

「ですが、私の証言だけでは証拠が不十分です。そこで、あの夜のことをもう一度よく思い出してみました。そして、彼の罪を暴く方法を見つけました」

 その場にいた皆が目を見張った。柳鏡には前の夜に伝えてあったので、彼だけは驚かない。彼には、あの夜の記憶を手繰り寄せる手伝いをしてもらったのだ。辛い、苦い記憶を……。

 一人では耐えきれなかっただろう、辛い回想。一人でなかったからこそ、彼と一緒だったからこそ耐えられたのだ。今でも心が悲鳴を上げて、壊れそうになる記憶。思い出して震える彼女の頭を、彼はいつもと同じようにずっと撫でてくれていた。それだけで、どれほど安心できたことだろう。今更だけれど、彼女は小さくありがとう、と呟いた。誰にも、彼にも聞こえないように呟いた続きは、全員に聞こえるようにはっきりと紡ぐ。

「彼が陛下を殺害した凶器は、祭祀用の四神剣でした。行事の時に国王が身につける、あの剣です。あの剣には、王室の書物にしか残されていない秘密があります……」

 景華はその本を直接読んだ訳ではないが、小さい頃に父が祭りの際に帯びている四神剣について質問したことがあった。それは何? と……。父は娘の好奇心に快く対応してくれた。これは四神剣と言って、不思議な力を持っている剣なんだよ、と……。

「四神剣は、皆さまがご存じのように王族、あるいは婚礼などにより王族として認められた者にしか抜くことはできません。その他にも、四神剣には流した血を記憶するという力があります……」

 景華が明かしているのは、普通なら国民が知るはずもないことだった。だが、ここに集まった協力者たちはそれを知る必要がある。景華は自分でそう判断して、この秘密を明かしているのだ。

「四神剣で流された血はその剣を使用した者とともに記憶され、流された血を再びかけると、その刀身はその人を殺めた人間の部族の色に染まります。つまり、四神剣に私の中に流れているお父様の血をかけた時に、趙雨が犯人であれば、虎神族の白になります。銀色の刀身が白く染まれば、あの当時私と婚約していた趙雨が犯人だと証明することができます。他に王族に準じると認められていた虎神族の方は、いませんから……」

「なるほど……。それなら、趙雨の罪を証明することができるでしょう。問題は四神剣がどこに置かれているかということですね。それは城に入ってから探すしかない……」

 連瑛の言葉に、その場にいた全員が強く頷く。そして、凌江が言葉を発した。

「では、城に入りましたら四神剣を探す組と趙雨を取り押さえる組に別れましょう。残念なことに、ここにいる全ての人が趙雨の顔を知っている訳ではないと思われます……。隊を編成しなおしますか?」

「趙雨は、姫君に探していただきたい。そして柳鏡、お前もだ。二人は幼い頃から彼と一緒にいたから、混乱の中でも見失うことはないでしょう。城の出口と言う出口は抑えますから……」

 連瑛の言葉に景華は頷き、柳鏡は軽く一礼してみせた。二人とも、承諾したという合図だ。

「わかりました。姫君、四神剣の形状などについて後ほどお話下さい。亀水からも捜索隊を編成しますから」

 亀水族の代表として軍議に加わっていた中年の男性がそう言った。知らない顔だったが、筋骨隆々とした逞しい戦士だ。彼にわかりました、と答えて景華は連瑛の方へと目線を戻した。全員の視線が、彼一人に注がれる……。

「以上で確認を終えようと思いますが、よろしいですか? 亀水族の方々は、戻って長に以上のことをお知らせ下さい。二週間後、夜明けとともに各々進軍を開始しましょう……。御武運を」

 全員が立ち上がって、連瑛のその言葉に深く礼をした。そして、その後口々に相手の武運を祈る……。

 決起の日は迫っている……。景華が城を出てから、実に十カ月もの月日が流れていた。逃げ水が見えるような熱い夏の日だったが、外には、木々がその枝を絶えず揺らしている程の強い風が吹いてる。それはまるで、彼女がこれからこの国に巻き起こす嵐の前触れのようだった。

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