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旗印と龍神 防具

「柳鏡の名前、そんな意味があったんだ……。お母様、僕の名前の由来は何?」

 息子の方が、母親を見上げてそれを訊ねた。隣で妹の方も、次は私、と言っている。母親が、その様子を眺めて苦笑をもらした。

「二人の名前はね、お父様がつけてくれたのよ。天連テンレンの方は、天に届くほどの徳を積んでくれるように、と言う願いを込めて。蘭花ランカの方は、蘭の花みたいに多くの人に愛されるようにって」

「へぇー、僕、てっきりお母様が付けてくれたのかと思っていた。お父様、そういうのが苦手そうだから……」

 天連の言葉に、母親は微苦笑して応じる。

「あら、お父様はちょっと面倒くさがりな所もあるけれど、そういう時には人一倍真剣に考えてくれる人なのよ」

「知らなかったわ、私の名前の意味……」

 蘭花の方が、そう言って溜息をもらした。

「あ、ごめんなさい、お母様。邪魔したりしないから、続きを聞かせて」

 兄妹がそう言って体勢を立て直したので、母親の方もついに覚悟した。どうやら、彼らは本当に最後まで聞くつもりらしい。

「それから、景華姫たちは本格的に乱を起こす準備を始めました。武器を揃えたり、兵士の訓練や隊への編成を始めたのです」


「わあ、いいんじゃない、景華? すごく動きやすそう!」

 外のジリジリとした陽射しをよそに、柳鏡の家には景華と明鈴がはしゃぐ声が響いていた。今日は景華のために作らせていた防具が届いたということで、明鈴が試着の手伝いにやって来ていた。

「うん、これなら鉄のやつと違って軽いから、動きやすいよ!」

 景華が笑顔でそう応じる。鉄製の鎧は彼女には重すぎるのではないか、という柳鏡の意見で、景華には革製の防具が作られていた。その他に、膝のすぐ下まで丈がある布製の靴と、自分で縫ったという戦衣を纏っている。実際に着てみて何か不都合な部分がないか確かめた方がいい、ということで、柳鏡を炎天下の外に放り出して着替えていたのだった。

「柳鏡ー、もういいよ!」

 明鈴が戸口を開けてそう彼を呼ぶ。彼は、少しでも日光を避けようと木陰に腰掛けていた。いかにも面倒だ、という顔をしながら戻って来る。

「ふうん……。まぁ、そんなもんか」

「ちょっとー。もっと他に言うことはないの? せっかく着てみたんだから、褒めてよ!」

 彼にしたら先程の言葉も褒め言葉なのだろうが、景華は他にも何か言って欲しい、と思い、ふくれっ面で彼にそう言った。柳鏡の表情が危険を孕んだものに変わる。あきらかに、景華をからかう時の表情だ。

「いいんじゃないか? 脚が出るところとか……」

「馬鹿っ! 一回死んじゃえ!」

 景華は、真っ赤な顔になって戦衣の裾をつかんで下げた。その戦衣は、柳鏡が彼女をここに連れて来た時に彼女が着ていた衣装の裾を切ったもので、少々切り過ぎたために膝よりも少し高い位の丈になってしまったのだった。

「仕方ないよ、景華。あまり長いと、馬に乗ったりする時に邪魔になるよ?」

「だって、明鈴さんー!」

 赤い顔で必死に彼女に助けを求める景華だったが、どうやら助けてはくれないらしい。彼女をからかっていたその表情を一変させて、柳鏡が険しい顔で言葉を発した。

「大体、あんたがその服にしたいって言ったからそうなったんだろうが」

 本当は、彼はあの当時の服を彼女に着せるのが嫌でたまらなかった。あの時の途方もない怒りが、今もその体を駆け巡る。

「うん……。戦いには、不向きな服かもしれないけど……。でも、あの時に感じた痛みとか、悲しみとか、怒りとか。そういうもの、全部忘れたくないから……。この服を着ていたら常に思い出せるかな、と思って……」

「……勝手にしろ」

 彼女にそこまでの意思があるというなら、彼の方が折れざるを得ない。

「言っておくが、あんたの防具は革製だ。軽くて動きやすいかもしれないが、その分強度の面では鉄鎧に劣る。わかってるんだろうな?」

 その言葉には、景華は素直に、そして力を込めて頷いた。

「そんなに気負わなくても大丈夫だよ、景華。いざとなったら柳鏡がちゃんと、景華の盾になってくれるからっ!」

 明鈴が明るい調子でそう言う。いつもなら誰がそんなことするか、などと言うはずの柳鏡は、今回に限っては黙っていた。おそらくそれは、明鈴が言ったことを彼がすでに決意していたことを意味している。彼が、ふと皮肉な口調で口を開いた。

「まぁ、俺が盾にならなければいけないという時点で、こちらの負けは決まりですね。なにしろ、彼女がいるはずの本陣にまで敵の攻撃が及んでいるということですから……」

「そんなこと言わないの! 景華が不安になるじゃない!」

 明鈴の言葉に、景華は首を振ってみせた。

「大丈夫。だって、柳鏡の言っていることは本当のことだもの。あっ、そう言えば、そろそろお屋敷まで会議に行かなきゃならない時間じゃない?」

「ああ、そう言えば確か正午から、とか……」

 景華の言葉に、柳鏡はそう答えてから外の影を見る。彼が先程まで腰掛けていた場所、その木の影は、かなり短くなっていた。どうやら、太陽は相当高い位置まで昇っているらしい。

「大変! 景華、着替えなきゃ! ほら柳鏡、出て行って!」

 明鈴がそう言って彼をまた外に放り出した。仕方のないことだが、彼はこの時こう思った。ここは、本当に俺の家なんだよな? と……。何だか、家主の扱いが随分とぞんざいな気がする、とも……。

第四十話、いかがでしたか?

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