華と龍神 首飾
そして、彼らは柳鏡の予定通り、二日後の朝に明鈴に留守の間のことを頼んで出掛けて行った。荷馬車には象牙や織物など、西の国の特産品が多く積まれている。たくさん積んでいるという訳ではないが、商人の荷物の量としてはちょうどいい位だった。着なれない西の国の衣装を着て、馬を操る柳鏡の横に腰掛ける。馬車を曳いている馬は、彼らを城から清龍の里まで乗せて走った馬だった。
「こいつならかなり脚力もあるから、途中敵に遭遇しても二人乗りで逃げられると思ったんだ」
景華が馬をじっと見つめていたことに気付いたのだろう、柳鏡は前を見たままそう言った。いつもなら黒いはずの彼の髪は、燃えるような赤色に染められていた。本当は茶色にする予定だったのだが、明鈴が面白がってこの色にしてしまったのだ。黒の方がいいな、と密かに思った景華だったが、口には出さない。
「そうだ、これ……」
柳鏡はそう言って懐をゴソゴソとまさぐると、何か赤い物を取り出した。それを、隣の景華の手に押しつける。
近くで見ると、それはなんと珊瑚の首飾りだった。祭りで見た物とは違うが、細工が細かくて美しい。よく見て気が付いたのだが、その色は真紅ではなく、ほんのりと桃色がかっている。
「綺麗……。どうしたの、これ?」
「それでよければ、あんたにやるよ」
「へっ? くれるのっ?」
景華が目を丸く見開いてそう言った言葉の最後は、悲鳴に近かった。いらないのかよ、と不機嫌そうに問う彼に、慌てて首を振ってみせる。
「ううん! 欲しいし、すごく嬉しいけど……。高かったでしょう?」
遠慮がちに問いかけた景華に、柳鏡は視線を当てずに答えた。
「いや、買った訳じゃないから値段は知らねえよ」
「え? じゃあどこで手に入れたのよ?」
「母さんの」
「へっ?」
柳鏡があっさりと言ってのけた言葉があまりにも衝撃的で、景華は思わず聞き返してしまった。冗談だろう、と思いながら……。
「だから、母さんのだって言ってるだろ! 衣装箱の隅に入ってたんだよ!」
「……返す」
景華はそう言って、柳鏡の目の前に首飾りを差し出した。何だよ、気に入らないのか? という言葉に、景華はブンブンと首を左右に振って答えた。
「そんな大切な物、もらえないもの……」
これは、彼の母親の形見なのだ。自分が受け取っていいはずがない……。
「ダメだよ、柳鏡。お母さんの物、簡単に人にあげるなんて言ったら。お母さん、悲しむよ?」
柳鏡の口から、溜息が漏れた。音は馬車の車輪の音に掻き消されてしまっているが、肩と口の動きでそれがわかる。彼は不機嫌そうに眉根を寄せた。
「あんた、本当に鈍いな……。誰にでも母さんの形見なんてやったりする訳ないだろうが。あーあ、嫌になるな……」
景華には、彼の不機嫌の理由はわからない。ただ一つわかるのは、自分が原因だということ。
「ごめんなさい……」
しょんぼりとして俯く姿を横目に見て、柳鏡はさらにもう一度溜息をついた。
「俺がどうして怒ってるのかもわからないで謝るなよ……。ほら」
彼はそう言って、もう一度彼女の手に珊瑚の首飾りを乗せた。
「母さんだって、衣装箱の中に埋められているよりも、誰か大事にしてくれる奴が身に付けた方が喜ぶに決まってるだろうが」
「……うん」
彼のその言葉に納得して、景華は首飾りを受け取った。ずっと、一生大切にする、という思いを込めて……。それを首にかけて、馬車の揺れで落としたりしないように襟の中にしまう。
「ありがとう、柳鏡……」
その言葉は馬車の音に掻き消されてしまったかもしれないが、彼は小さく別に、と答えた。
今回のお話は、一番好きな場面の一つです。
楽しんでいただけましたでしょうか。
このお話を読んで下さっている皆様、本当にありがとうございます。
今後もどうぞよろしくお願いいたします。