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姫と龍神 暗雲

「じゃあ、やっぱり柳鏡は景華姫が好きだったのね? どうして早く言わなかったのかしら」

「さあねぇ。でも、言わない方が姫のためになると思っていたのかもしれないわね。だって柳鏡は子供の頃から景華姫のことだけを想ってきたのだもの、景華姫は趙雨が好きだったってことが、わかっていたのかもしれないわね。だからきっと、姫を困らせたくなかったんだと思うの」

 母親は、子供の質問に苦笑しながら答えた。

「柳鏡、可哀想……」

 子供たちが口々にそういうのを聞いて、母親はそっと自分の唇に人差し指をあて、静かにするように促した。

「おしゃべりするようなら、お話はここでお終いにしますよ」

 二人は母親を見上げてじっと押し黙った。

「景華姫のお父様も、二人の結婚には大賛成でした。趙雨は優しいだけでなく賢かったので、姫と結婚して立派な王様になってくれると思ったのです」


「お父様、あのね」

 小さな頃からしているように、景華は自分の父を見上げた。

「どうした、景華? お前がそんな風にする時は、昔からこの父に願い事がある時だったな」

 景華は父親の様子に安心して話を始めた。

「私が結婚したいって言ったら、お父様は困る?」

 ガクンッ! 父親の体から急に力が抜けたのが、景華の小さな体にも伝わる。その様子から、彼の動揺が容易に窺えた。

「そ、そんなことはないが……。お前もこの前の誕生日で十六歳となり成人したことだし、そろそろ縁談について考えなければならないとは思っていた。しかし、まさかそんな言葉がお前の口から出てくるとは思わなかったよ」

 そう言って頭を撫でてくれる父の手のひらの優しさに、景華は安堵した。

「ところで、どこの誰なんだ? 私のかわいい娘の心を射止めたのは? 柳鏡か?」

 その父親の言葉に、景華は思いきりふくれっ面で応じる。

「どうしてそこで柳鏡が出てくるの? 趙雨よ。趙雨!」

 父はほんの少し驚いた顔を見せたが、すぐに満面の笑みを浮かべた。

「そ、そうか。趙雨なら、この父も異存はない。昔からお前に優しく接してくれたし、今もその英知で様々な面で私を支えてくれている。しかし、意外だったな。お前は柳鏡の方が合うのではないかと思っていたよ」

 景華は下からじとーっと父親を見上げた。その瞳にあるのは、疑問の色。

「だから、どうして柳鏡なの? いっつも意地悪ばっかりして。お父様がなぜ柳鏡を護衛に選んだのか、私、今でもわからないもの。強いから?」

 柳鏡は十八歳の若さで辰南の国でもっとも優れた武人だと言われ、他国からは龍神と呼ばれて恐れられるほどの腕前となっていた。ふと、チン王の目線が遠い彼方を見渡すようなものになった。

「そうだな、確かに、腕が立つというのが一番の理由ではあるが……。護衛というのはね、強いだけじゃダメなんだ。その主人を守るという強い意志と忠誠心が必要なんだよ。その点で柳鏡は、私が求める一番良い護衛だったんだ」

「ふうん」

(そりゃ、お父様には忠誠心も持っていると思うわ。でも私にはそんなもの一度も、欠片さえ見せてくれたことなんかないわよ……)

「難しい話をしてしまったようだな。いつかはきっと、この意味がわかる日が来るだろう。ところで、趙雨と話はついているのか?」

 真剣に考え込んでいる娘を見て、珎王は苦笑して話題を変えた。

「あ、う、うん。今、外で待っているんだけど……」

「それを早く言いなさい。随分と待たせてしまったではないか。趙雨、入りなさい」

「失礼します」

 王の掛け声で、趙雨が緑色の飾りがついた入口から姿を現した。銀の髪は腰に届く程の長さになっていたが、彼は相変わらずそれを肩のあたりで結んでいる。瞳の色も、昔とちっとも変っていない。

「やあ、久しぶりだね、趙雨。いつも景華が世話になっているよ」

 珎王の言葉に、趙雨は恭しく礼をしてから答えた。

「お久しぶりでございます、陛下。この度は、お話があってお伺いしました」

「ああ、景華から聞いたよ。おめでとう。いや、よろしくお願いしますと言った方がいいかな? 大切な一人娘だからね、しっかりした男と結婚させたいと思っていたんだが、君なら安心だ。知識も豊富な君にゆくゆくは国王としてこの国も任せられると思うと、私も肩の荷が下りたよ」

 趙雨がニコッと微笑んだ。

「お許しいただけますか。ありがとうございます」

 珎王は満足気に微笑みながら、何度も頷いていた。

「お父様、ありがとう!」

 景華は本当に嬉しそうな、眩しく思える程の笑顔を父に向けた。

「ところで、君は確か長子だったよね? 景華と結婚するとなると虎神族の後は継げないが、弟に継がせるつもりかい?」

 趙雨がまた、恭しい礼をしてからそれに答える。

「はい、虎神族の次代は、弟の英明エイメイに継がせようと思っております。父も賛成してくれました」

 それを聞くと、珎王は目を細めて笑った。

「そうか、私の元に話をしに来る前にそこまで準備を整えていたのか。何事にも下準備というものは重要になってくるからね、君に次代を任せられると思うと、ますます安心したよ」

「光栄なお言葉です。ですが、私がそのような責任ある立場につくのは、まだ何十年も先のことだと思っております。どうぞ、陛下の御代でますますこの国を発展させて下さい」

 ハハハハハ、ハハ……。

 明るい日差しが差し込み、夏の香りがする部屋の中から、その日差し以上に明るい笑い声が響いた。

だが、その時誰が気づいただろうか。明るい夏の太陽をも覆い隠してしまうような暗雲が、すぐそばまで迫っているということに……。

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