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華と龍神 抵抗

「まったく、どこ行ったんだよ?」

 いつの間にこんなに人が増えたのだろうか、辺りは店の品物を眺める人で溢れている。同時に、冷たい視線にも。

 近くにしろ、と言っておいたにも関わらず、彼女の姿はその辺の出店には見当たらなかった。先程珊瑚の首飾りを眺めていた店にもいないし、人々の輪舞の輪の中にも見当たらない。その姿がないことで、彼は焦りを感じていた。こんなことなら離れるのではなかった、と。

「っ……!」

 やっと見つけた。彼女は、出店や輪舞の輪から離れた草むらの上に一人で腰を下ろしていた。膝を抱えている様子から、何事かを考えているのがわかる。彼女が考え事をする時に特有の体勢だからだ。

「おい、店見てるって言ってただろうが」

 そう声をかけてから、隣に腰を下ろす。ふと一瞬視線を上げてから、彼女は元のように足元に視線を落とした。

「うん、そうなんだけど……。何となく、そんな気分になれなくて……」

 景華は悲しげな微笑を浮かべて、膝に頭を預けたまま彼を見上げた。

「なくさなきゃいけない物って何なんだろう? ずっとそれを考えていたの。柳鏡は? 何の話だった?」

 胡坐をかいた膝の上に頬杖をついて、足元の草を乱暴にむしりながらその言葉に答える。

「別に……。龍神についての講釈を色々と聞かされた。試練の話とか、龍神の華っていう奴についてとか」

「龍神の、華……?」

 聞きなれないその言葉に、彼女は何となく心が惹かれた。何とも美しい響きだ。

「俺もさっき初めて聞いたんだが、そういう奴がいるらしい。なんでも、龍神って言うのは皆が皆そいつに運命を狂わされるとかで、気を付けろとさ」

「ふうん、悪い人もいるのね……」

 いつもの調子であんたのことだろうが、と言ってしまいそうになったが、それはなんとか堪えた。聞かせたくない、と思った。聞かせてしまえば、彼女に距離を置かれることとなる……。自分を破滅させないために、彼女ならきっとそうするだろう。

「もういいか? 帰るぞ」

「うん」

 柳鏡が立ち上がると、景華も立ち上がって服に付いた草を払った。歩き出せば、半歩遅れてついてくる。彼は、その半歩の距離が愛おしかった。そして、なくしたくないものだった。

「龍神の華なんて、知るものか……」

 小さく呟いたその声は祭りの喧騒に呑まれて消えてしまったが、彼なりの、運命への精一杯の抵抗だった。


 清龍の里が豊穣を祈る春の祭りで賑わっている頃、城でも華やかな式典が催されていた。言うまでもなく、趙雨の即位式だ。神官によって、宝冠が銀の髪に載せられる。それは彼にはズシリと重く、その責務の重さをそのまま意味していた。そして、彼が犯した罪の重さも……。

(重いな……)

 その青い瞳が伏せられる。あの時の痛みは、未だに癒えていない。最近は、よく夢に見るのだ。自分がここに辿り着くために犠牲にした少女と、彼女を守って姿を消した龍神を……。彼の目には、煌びやかな祝宴も全て色を失って映った。口の中が、苦い。

(改革の前には、犠牲はつきものなんだ……)

 最近、彼は常にこの言葉を自分に言い聞かせてきた。そうでもして自分を納得させなければ、生きることさえ難しく感じられる。あの日、足元に崩れ落ちたその人の表情が、今でも忘れられない。そして、彼女の絶望の表情も、彼の軽蔑の眼差しも……。

 彼はふと、ある人を探した。衆目があるのであまりみっともない真似はできないが、目の端だけで彼女を探す。いた。彼の心情を唯一理解してくれるはずの人、緋雀ヒジャク族の春蘭。彼女は、彼の視線を受けてニコリと微笑み返してくれた。その笑顔が、罪の意識に苛まれている彼を救ってくれる唯一の物だった。

(大丈夫だ。必ず、良い時代を築いてみせる……)

 彼女の笑顔にそう誓った彼だったが、この時はまだ気付いていなかった。玉座に腰掛ける者の素質も器量も、彼は持ち合わせていなかったということに……。

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