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姫と龍神 無力

 柳鏡が怪我をして帰って来てから、三日が過ぎた。相変わらず熱が下がらない彼だったが、時々起き上がったりはするようになっていた。しかし、景華が不安げな顔をする。

「何だよ? 俺が起きたらそんなにまずいのか?」

 不機嫌そうなその問いに彼女は首を振って応えてから、彼の手を取った。

「解熱用の……薬草が、もうない? もうそんなものなくても大丈夫だろ。ほら、昨日は飲んでなかっただろ?」

 彼のその問いに、景華が首を振った。彼の訝しげな視線に、指先で答える。

「柳鏡が、飲むのを、嫌がるから……こっそり、お茶に、入れてた? くそっ、だからあんなに苦かったのか」

 彼が悔しそうに舌打ちするのを見ながら、彼女は再び指先を彼の手のひらの上に走らせる。

「どこに、あるのか、って? あれは山に普通に生えてるものだが……。いいか? 絶対に採りに行こうなんて考えるなよ? 城の裏山と違って危険な生き物がたくさんいるんだからな。あんたみたいなドジな奴は、きっと一口でパクリ、だぜ?」

 彼女が身を震わせるのを確認してから、彼はホウと息をついてまた横になった。まだ頭がふらつくが、これ以上熱が上がるようなことはないだろう。

 厚い雲から、雨垂れが次々こぼれて来る。


 夕方になって、景華は夕食の準備を始めた。彼が小さく声を上げた気がして、その様子を見に枕元まで歩く。

「っ……!」

 あきらかに、彼の様子がおかしかった。呼吸が浅くて、目が虚ろになってしまっている。その額に、最悪の事態を想定しながら恐る恐る手を乗せる。

 パッ! あまりの熱さに、彼女はその手を慌てて引っ込めた。それから、どうしようもなく動揺する。いつもこう言う時に頼りになる明鈴は、まだ里に戻って来ていなかった。真っ白になる頭を、なんとか奮い立たせる。とりあえず、彼の額に濡れ布巾を載せてやった。しかし、彼女にはそれ以上できることがない。思い立ったことは、一つ。彼女は普段出掛ける時に半ば強制的に着せられていた上掛けを羽織って、雨上がりの外へと飛び出した。


 山に普通に生えている物、と彼は言っていたが、実際彼女は、おぼろげな記憶でしかそれを探すことができなかった。いつのまにか日は沈み、辺りは暗闇と静寂の世界となっていた。体が、彼女が頭の隅で感じていた恐怖と感応して、震え出す。暗闇は、怖い。奥底に眠らせたはずの、恐ろしい記憶が頭をもたげるから。一人暗闇に惑った、幼い日の記憶が……。

「っ……!」

 あの時・・・と同じように、足をもつれさせてしまった。嫌な予感がふと彼女の脳裏をよぎる。それが杞憂であることを確かめようと、そっと足に力を入れて立ち上がる。

 深緑の髪に縁取られた白い顔が、苦痛と悔しさにくしゃりと歪められる。どうやら、足を挫いてしまったようだ。それでも、彼女は一歩を踏み出した。自分に残された最後のものを、自分の手で守るために。彼は、彼女に残された最後の砦。幸福だった時代が嘘ではないと証明してくれる、唯一の存在。

 挫いた足を引きずりながら歩いていた彼女だったが、ふとくぼみに足を取られて、段差を転げ落ちてしまった。雨上がりの草の上を転がる。やっと止まった体を、痛みを無視して無理矢理起こす。怪我は増えてはいないようだったが、泥や草に塗れてボロボロの自分の姿に、彼女の瞳から雨粒がこぼれた。

(悔しい……私、一人じゃ何もできないの……?)

 泣いてもどうしようもないと言うことはわかっているのだが、そんな彼女の意思とは裏腹に、次々滴が溢れて来るのだ。それを拭う手も、泥だらけ。その手が、ふと覚えのある柔らかい物に触れた。

「っ……!」

 それは、彼女が探していた解熱用の薬草だった。不幸中の幸いとは、このことかもしれない。泥だらけの白い手が、震えながらもそれを地面から引き抜く。そして、泥が付いたままの手で涙を拭った。その頬に、湿った土が一筋の線を描く。だが。

(登れるかな? ここ……)

 怪我が増えていなかったので大した落差ではないと思っていたのだが、思ったよりすごい高さを転げ落ちていたようだ。足に怪我を負っている彼女には、到底登れるはずもない。

(どうしよう……。真っ暗だし、怖いし……)

 ギュッと目を固く閉じ、自分の膝に額をつける。そう言えば、彼に言われていたのだった。決して、山に入ってはいけないと。震える体を、必死で抑えつける。今更後悔をしたって、仕方ないのだ。

(柳鏡……)

 それは、昔からの魔法の呪文。彼女自身も気付かずに用いてしまっている、召喚の魔法。

「おい、俺が言ったこと、聞いてなかったのか?」

 心の奥底で、意識の深い所で期待していた、彼の声。頭上のその声に、ゆっくりと顔を上げる。

「まったく……あんたは無茶苦茶だな」

 そう言いながら彼は器用に彼女のところまで降りて来て、膝を折った。その安心感から、今まで必死で堪えていた滴が、制御を失って溢れだす。

「はいはい、怖かったな。ほら、帰るぞ。……薬草、見つけたのか?」

 仕方ない、といった様子で笑って見せる彼に、自分がたった今見つけたばかりの薬草を差し出した。

「おいおい、あんたなぁ……。これ、違うやつだぜ? ほら、葉の切れ込みの数が違うだろ? これは腹痛に効くやつだ。まあ、あんたが見つけたにしては上出来だな」

 自分が必死の思いで探し当てたのは紛い物だったという事実に落ち込んでしゅんと俯く彼女は、彼に合わせて立ち上がろうとした。

 ドサリ! しかし、挫いた足のあまりの痛みに、その場に倒れ込んでしまう。

「あーあ、足、挫いたのか?」

 涙や泥、草の葉でグシャグシャになっている顔を上げて、彼女は悔しげに頷いた。

「やっぱりな、創造主たる神でも驚くようなドジ人間のあんたのことだ。だから山には入るなって言ったのに……ほら」

 目の前で背を向けて膝を折ってくれた彼の背に、自分の体を預ける。そして、その熱さにハッとする。彼は別に熱が下がった訳ではなく、彼女が家にいないことに気がついて、慌てて後を追って来たのだった。それに気付いた真紅の瞳が再び水分を含んで、堪え切れなくなってそれをこぼす。

「見つかって良かった……。まったく、いいか? 薬草を探してくれるのはありがたいが、あんたみたいなドジでアホな奴は、目の届く場所にいてくれた方がずっとありがたいんだ。こっちも余計な心配をしなくて済むからな」

 背中で泣きながら、彼女が頷いた。何度も、何度も……。彼の胸の前で組まれた手が力を増して、苦しい位にしがみつかれる。そこには、彼女の後悔や謝罪、全てのものが込められていた。

「おい、首、締まるだろ? もう泣くなよ、面倒くせえ。いいか? 何でも無理してやる必要はないんだ。無理なものは無理、でいいじゃねえか。この年になったら高熱のちょっとやそっとで死ぬようなこともないんだ、もう少し落ち着けよ」

 背中から伝わって来た、彼女の言葉。おそらくは、ごめんなさい……。

「別にあんたが謝る必要はないだろ。二度と行方不明にだけはなるなよ。……昔もこんなこと言った気がするな」

 涙が、彼の肩に落ちた。

(私、一人じゃ何もできない……)

 彼の熱い背に揺られながら、景華は自分の無力を呪った。それは里でも感じ取っていたことなのだが、改めてその事実が目の前をちらつくと、たまらなく辛くて、悔しい……。

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