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姫と龍神 油断

 景華が清龍の里にやって来てから大分経っていたが、柳鏡は例によって例のごとく、仕事の依頼で山に狩りに出ていた。しかし、今日は少々勝手が違っていた。家を出る前に、景華と喧嘩をしてしまったのだ。


二人は、食料品などの買い出しに出かけた。

「ほら、無理するな」

 彼がそう言って彼女の分も買い物を持ってやると、景華は慌てて彼のその手から荷物を取り返した。それから首を横にブンブンと振って見せて、気弱で辛そうな笑みを浮かべる。大丈夫、という言葉が、彼女のその表情からは読み取れた。彼女は最近、自分に頼るという行為を極端に避けるのだ。

「重いだろ?」

 そう言ってもう一度彼女の荷物に手を伸ばすが、パッと身を翻されてしまう。いくらか軽いほうの荷物だとは言え、彼女の小さな体では無理がある。それでも、運ぶと言ってきかないのだ。

「おい、意地張るなよ。あんたみたいなおチビさんには無理だろ? 貸せよ」

 そう言って再び伸ばした彼の手を、それでも彼女は頑なに拒む。

「いい加減にしろよ! そんなアホみたいなわがまま言って、何がしたいんだよ?」

 彼が声を荒げたことに驚いてしまったのか、景華は転んでしまい、荷物の中から野菜がいくつか転げ落ちた。

「ほら見ろ、まったく」

 大きな声を出して彼女を驚かせてしまったことを密かに後悔しながら、柳鏡はひょいとしゃがみ込んで野菜を拾い上げ、景華が持っていた袋の中に戻した。雨でもないのに、滴がポタリと地面に落ちる。

「おい、どうして泣くんだよ? 別にあんたは悪くないだろ?」

 そう彼が訊ねても、彼女は首を振るばかり。その様子を見ていると、どうしようもなく苛立って来る。

「たまには俺の言うことを聞いても、罰は当たらないと思うぜ? ほら」

 そう言って彼がもう一度荷物を持とうとしたのだが、やはり彼女は意地を張る。

「……勝手にしろよ」


 その後はお互いに目も合わせなくなって、それ以来、険悪な雰囲気なのだ。

「姫、どうしてるかな……」

 きちんとした言葉をかけてやれなかったのは、自分が悪かったと思う。だが、あんな風に何もかもを自分で抱え込もうとするのは、やめて欲しい。そんな彼女を見ているのは、彼にはこの上ない苦痛だった。

 自分は彼女にとって、そんなにも頼りない、寄りかかり難い人間なのだろうか。そんなことを考えてしまって深く溜息をついた、その時。

 グルルルルルッ……! 獣の、くぐもった唸り声。背後を振り返る。

「やっぱりな、ここにいると思った」

 彼が向き直って対峙したのは、依頼があった巨大な虎だった。今月に入ってから、三人を食い殺している。睨み合いを続けながら、彼はゆっくりと、その背に負った大剣を抜き放った。銀の刀身と牙が、お互いに鋭く、不気味に煌めく。

 ダンッ!双方が、勢い良く地を蹴って相手の方に飛び出した。大剣の刃に、何かを捕らえた感覚が走る。同時に、何か熱い物が彼の胸の辺りを駆けた。何かが体の中から抜け出て行く感覚が、その辺りから伝わる。地についた柳鏡の足が、不穏なふらつき方をした。

「ちっ、油断したか」

 相当深く割かれてしまったようだ、真横に走ったその傷は妙な熱を持ち、流血も止まらない。虎の銀爪が、鮮血に染まって閃く。向こうも前足を柳鏡によって深く斬られていたが、それによってさらに獰猛さを増していた。

「ちぃっ!」

 彼が先程までいた部分の地面が、赤く染まった爪によって深く抉られた。何とか横飛びに飛んでそれをかわした柳鏡がいち早く体勢を整え直し、虎がその巨体を反転させる前に反撃に出る。

「もらったっ!」

 ズバァァァァァァッ!柳鏡の大剣の切っ先が、虎の横っ腹を捉えた。そこから、銀の刀身が深々と虎の腹部に吸い込まれていく。山中に身の毛もよだつような断末魔の叫びが響き渡り、その一瞬後には、何事もなかったかのような静寂を取り戻していた。

「は、終わった……」

 さすがの彼も気が抜けたのか、その場にぺたりと座りこんで、荒くなった呼吸を整え直そうとした。その時になって、初めて自分の傷の具合を見る。

「ちっ、かなり深くやられたな……畜生っ……」

 失血と痛みのせいで、意識がだんだんと薄らいでくる。周囲の景色もかすむが、そんなことを言っている場合ではない。このまま帰りが遅くなれば景華にも心配をかけてしまうし、血の臭いを嗅ぎ付けた獰猛な動物たちがやって来ないとも限らない。朦朧とする意識の中で、彼は自分の足と思われる物に力を入れた。何とか、立ち上がることはできた。そのまま、大剣を支えに歩き出す。

「しばらく、仕事はしたくねえな……」

 虎ごとき・・・にこんな目に遭わされるなんて、情けない。景華と喧嘩をしてしまったことでなかなか調子が出なかったのだが、そんなことは彼女には絶対に聞かせられない。これ以上彼女を傷つけるようなことは、彼は何としても避けたかった。

「さてと、何て言い訳するかな……」

 ふらり、と足がもつれたが、転ぶ前に大剣を用いて体勢を整え直す。そんな調子で、彼は自分が帰るべき家を目指して山を降りた。

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