占い師、来襲 其の二
城の廊下を一緒に歩きながら、柳鏡は老婆に細かい注意事項をくどくどと述べていた。そして最後に、釘をさすように一言言った。
「いいか? 婆さん。景華に余計なことを言うなよ。こんな嫁じゃダメだ、とか、死相が出てる、とか。あんたが気に入るかどうかはどうでもいいんだ。いいか? 気に入っても気に入らなくても脅かすなよ」
「なんじゃ、人を悪党みたいに言いおって。大丈夫じゃ、死相位で驚くような娘じゃ龍神の嫁にはなれん、ときちんと説教してやるからな」
「いや、それをするなって言ってるんだぞ……」
彼は大きく溜息をついてから、食事が用意されている部屋の戸を開けた。
「あら柳鏡、早かったのね。御客様がいらっしゃったって聞いたから、急いでもう一人分御膳を準備してもらったんだけど、これで大丈夫かしら?」
彼女はニコリと笑って彼を迎え入れてくれた。
「ああ、多分な……」
そう言ってやや重い足取りで部屋に入って来る彼の後ろに、見覚えのある姿……。
「あら? もしかして……」
「ああ。もしかしなくても、あの占いの婆さんだ……」
清龍族の春の祭りの夜、景華は彼女に今後の運命を見てもらったのだ、忘れるはずもない。あの時のあの天幕の異様な雰囲気を、彼女は今でも忘れていなかった。
「わあ、お久しぶりです! 私のこと、覚えていらっしゃいますか?」
「馬鹿にするでない! まだ耄碌してはおらん!」
「ご、ごめんなさい!」
老婆の剣幕に景華は驚き、慌てて謝罪の言葉を述べた。その様子を、柳鏡はハラハラとしながら眺めている。
「……まあそれに、あんたのような珍しい相を持っておる者は、そうそうおらんからな」
「婆さん、絶対そっちで覚えてただろ……」
彼の呟きが聞こえたのかどうかはわからなかったが、老婆は彼にきつい視線を向けたものの、特に何も言わなかった。
「あ、どうぞご一緒に……」
景華は慌てて老婆に席を勧めたが、老婆はしばらく膳を眺めたまま動かなかった。それから、ふと鼻で笑う。
「ふん、随分贅沢な物を食べているな……」
その一言に柳鏡はヒヤリとしたが、対する景華は満面の笑みを浮かべて答えた。
「はい。今年はあちこちから豊作の声が聞こえていて、嬉しい限りです。私たちがこんな贅沢な食事ができるというのは、国が豊かな証拠ですから」
「なるほどな……。不作の年はどうするつもりだ?」
老婆のその言葉を受けて少々考え込むような素振りを見せてから、それでも景華は満面の笑みで、淀みなく答える。
「その時は私たちだって、食べるか食べないかがやっとだと思います。年貢米を配給しなくちゃいけなくなって、物を買えなくなりますから」
「どうかな……。そんな危機に瀕していないからそんなことが言えるのではないのか?」
二人のやり取りを黙って聞いていた柳鏡だが、そこで思い当たることを言う。
「いや、婆さん。景華ならやりかねないぞ……。何しろ、一度言い出したら絶対に聞かないからな」
柳鏡の溜息混じりでの言葉に、景華はニコリと気持ちのいい笑顔で答えた。間違いない、絶対にやるぞ……。柳鏡はその瞬間に、この先、彼女の治世の間には不作が起きないことを切に願った。彼女に位、ちゃんと食事を取って欲しい……。
「それじゃあ、遠慮なくいただこうかの」
老婆がやっと席に着き、箸を持ち上げたので、柳鏡も安心して箸をとった。
「はい、どうぞ」
景華も笑顔でそう言ってから箸を手にする。しばしの静寂が流れたが、やがてその沈黙に耐えかねた柳鏡が口を開いた。
「ところで、あんたは午後から何をする気だ? 閣議も視察もないし、書庫の整理はこの間終わっただろ?」
「うん、そうなの。だから、何しようかなって考えてるところ。柳鏡は……午後からも見回りだったね……」
そこで景華は、しょんぼりと俯いた。午後の退屈な時間を、一人で潰さなくてはならないためだ。
「あ! 庭園の草取りでもしようかな?」
「やめておけ。熱中症とか、日射病になるのがオチだぞ?」
彼の冷たい一言に、景華はぷうっと頬を膨らませた。そこで、今まで黙って食事をしていた老婆がおもむろに口を開く。
「……私の相手はしてくれんのかね?」
老婆のその一言で、二人同時に固まってしまった。それから、柳鏡の顔がサッと青くなる。
「いや婆さん、用事は済んだだろ? 帰れよ……」
「だ、ダメだよ、柳鏡! そんな言い方したら! あの、柳鏡はお仕事が忙しいので、私じゃダメですか?」
「構わんぞ。それに、今日はお前さんに会いに来たのだからな」
「はい! よろしくお願いします!」
柳鏡は正直、とても驚いていた。普段この老婆は、自分が認めた人間、気に入った人間以外とは口もききたがらないのだ。多少は景華のことを気に入ってくれているらしいということがわかって、ほんの少し安堵する。