占い師、来襲 其の一
累計PV二万名突破御礼!
久々の「龍神の華」で少し緊張していますが、読者の皆様にお楽しみいただければ幸いです。
よろしくお願いします。
「今日も異常なし、と……」
彼は一人でそう呟いて、青い空を見上げた。夏の日差しが、ジリジリと肌を焼く。額を流れる汗を拭って、太陽の大体の位置を確かめた。
「もうすぐ昼か。さて、一旦戻るかな」
もう少しで、昼食の時間だ。今日は、彼女も一緒に昼食をとれると言っていた。一人で食べる昼食は味気なくて食べるのも面倒なことに感じられるが、彼女と食べる昼食はとても楽しい。彼は部屋で自分を待っている彼女のことを考えて、自然と歩みが早くなった。
彼が足取りも軽く城に戻ろうとしていたちょうどその頃、城の入り口で一人の老婆が足を止めた。それから、腰の曲がった小さなその体に、目一杯空気を吸い込む。そして。
「柳鏡ー!」
あまりの大声に、城の近衛兵たちは飛び上がって驚いた。
「りゅ、柳鏡様!」
「どうした?」
城に戻ろうとしていたちょうどその最中に、柳鏡は一人の部下に呼び止められた。彼のその様子から、何か平和な日常には似つかわしくないことが起きたのではないかと、ふと不安になる。
「その……城の入り口の門の前に一人の老婆が来て、柳鏡様を出せと言ってきかないのですが……」
「老婆?」
ふと嫌な予感がしたが、そんなはずはない。彼女は今頃、どこか異国の地で占いの商売をしているはずだ。彼女がこの国にいるのは、春の間だけのはず……。そう思いながらも、部下の困り果てた様子を見ては放っておく訳にも行かず、彼と一緒にその現場へと向かった。
「だから、柳鏡はわしの孫のようなものじゃと言うておるじゃろうが! 早く連れて来い!」
その声を聞いて、柳鏡の足がピタリと止まった。そっと、門が見える木陰に動く。しわがれた声、腰の曲がったその姿……。間違いない。
「あの、柳鏡様?」
彼は、その姿を見るなりに回れ右をしていた。それを、部下の近衛兵が慌てて呼び止める。
「あー、悪い。あの婆さんには、俺は死んだ、とか、戦争に行ってる、とか言って、適当に誤魔化しておいてくれ。とにかく、俺は城にはいないんだ。頼んだぞ」
「えっ? そんなちょっと、柳鏡様っ?」
そう言われた近衛兵が狼狽して固まった、その時だった。
「柳鏡、そこにおるんじゃろう?」
老婆が、鋭い視線をこちらに向けた。万事休す、やはり彼女の追求からは逃れられないらしい……。
「何しに来たんだよ? 婆さん……」
ばれてしまっては仕方ないと思い、彼は観念して木陰から出て行った。
「何しに来たんだ、とは随分な物言いだな、柳鏡や。お前が結婚したと聞いたからの、嫁御の顔を見に来ただけじゃ。ほら、何をしている? 早く連れて行かんかい」
「……嫌だ」
景華のような我儘を言って見せた彼だが、もちろん彼女がそんな我儘に応じる訳もない。ずんずん城の方へと歩いて行ってしまう。近衛兵たちも、老婆は柳鏡の知り合いだと言うことが判明したので、彼女を止めるに止められなかった。
「……はあ……」
彼はこの瞬間に、彼女と二人きりでの平和な昼食、というものを諦めた。そしてそれと同時に、波乱万丈な昼食の時間を覚悟した……。