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龍神の随想 其の二

「ここね、わたしのおへや!」

 振り返ってにこりと笑うと、彼女は彼の手を引いたまま中へと誘ってくれた。

 子供のそれにしては随分と大きな部屋の中には、人形や毬など、様々な遊び道具が置かれている。彼の手を離してとことこ、と歩いて行くと、彼女は一冊の絵本を手に持って戻って来た。

「ねえ、りゅうきょう、よんで!」

 そう言って彼にその本を渡して、部屋の中心、ふわふわと毛足の長い敷物の上に座ると、彼を見上げて笑った。柳鏡も彼女の隣に腰を下ろして、二人から見えるように本を真ん中に置き、開く。

「昔々あるところに、一匹の悪戯うさぎが住んでいました……」

 彼は、字の読みでは・・・・困ることはなかった。書きでは・・・・非常に苦戦するのだが……。母親に教えられていたので、簡単な本、子供むけの絵本などは一人で読むことができる。しかし、字を書くのは好きではなかった。顔も手も、そこら中を真っ黒にしてしまうためだ。

 短い絵本を読み聞かせてやると、彼女は彼の話が終わった後で顔を上げて、眩しい笑顔を見せた。

「きょうかね、うさぎさん、だいすきなの!」

「そうなんだ……」

 隣で屈託なく笑う彼女に、彼はそんな言葉しか返せなかった。緊張でまだ言葉も覚束ない。唇がまごついて、うまく言葉を紡いでくれないのだ。それに。

 それに、いつ彼女が豹変してしまうか、わからない。彼女もやはり里の人々と同じように、自分に冷たい態度を取るのかもしれない。彼はずっと、その恐怖に怯えていたのだ。

「あ、そうだ!」

 彼女は何かを思いついたようにパッと立ち上がると、部屋から出て行こうとした。

「姫様……?」

 先程からずっと心の中で渦巻いていた不安が急に頭をもたげて、彼は思わず彼女を呼び止めるようなことをしてしまった。くるりと振り返った彼女が、ぷうっと頬を思い切り膨らませる。

「ちがう、きょうか!」

「え……?」

 彼女が何を言いたいのか理解できなくて、彼は言葉に詰まった。元々大した働きをしていなかった唇だったが、完全にそれが沈黙してしまったのだ。

「ひめさまじゃない、きょうか!」

 彼が自分の言いたいことを理解してくれなかったことに腹を立てたらしい、両腕を上下にぶんぶんと振って、真っ赤な顔になって怒る。そこで彼女が何を言いたかったのかわかった柳鏡だったが、正直言ってとても困った。彼女のことは姫様、と呼ぶように、父にきつく言われていたのだ。

「わかったよ」

 しかし彼女の機嫌が治まらなければどうしようもないので、彼は仕方なくそう返事をした。この先、彼女に呼びかけることがないように気をつければいいだけの話だ……。

 彼の返答を受けてたちどころに機嫌を直した彼女は、おかしもらってくる、と言って部屋を出て行ってしまった。

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