永遠
温かく差し込む夕日が、室内に長い影を作る。引き戸が静かに開けられて、部屋の持ち主の一人が中に入って来た。そのまま極力音をたてないようにして引き戸を後ろ手に閉め、足音を忍ばせて歩く。
彼女は、揺り椅子に揺られてうとうととまどろんでいた。夕焼け色の温かい光に包まれて、至福そのものといった顔で眠る様子を見ると、独りでに笑みがこぼれる。
「……寝てるのか」
彼が今そう確認したのは、彼女のことではない。彼女の細い腕が守るように抱いている、子供のことだった。ふわりと柔らかな母親そっくりの微笑みを浮かべて、安心しきったように眠っている。つい先日生まれたばかりの、三番目の子だ。
「お母様、あのねっ……!」
ガラッと引き戸を開けたのは、二番目の子。彼が振り向いてすぐに唇に人差し指を当てて見せると、彼女は何かを察したらしく、慌てて小さなその手で自分の口を覆った。彼女たちが起きなかったことを確認してから、静かに娘に歩み寄る。
「どうした、蘭花? お母様は今お休みだから、用事があったら後にしてくれないか?」
甘えるように両腕を自分の方に突き出し、抱っこ、と言った娘をゆっくりと抱き上げて、静かに戸を閉め、部屋を出る。
「李俊、寝てるの?」
ギュッと父親の襟を握り締めて、彼女は小首を傾げた。李俊というのは先程の赤ん坊の名で、彼女から見ると弟にあたる。
「ああ。赤ん坊の内は、泣くのと寝るのが仕事だからな」
「ふうん」
彼女は父親の話に何となく納得したらしく、文句も言わずに引きさがって、甘えるように寄りかかった。そこへ、一番上の子が通りかかる。
「蘭花、こんな所にいたんだ。ほら、早く行かなきゃ」
「行くって、どこに行くんだ? 天連」
腕に抱いていた二番目の子を下ろしてやりながら、その兄に問いかける。彼は父親の深緑の瞳を真っ直ぐ見上げながら、淀みなく答えた。
「お母様と李俊に、お花を摘んであげるんです。そうしたらお母様、少しは元気になるかな、と思って」
彼女は産後の回復が思わしくなくて、今は公務を減らしていた。閣議には出席しているが、視察や公式行事は、彼女の名代としてその夫である彼や補佐役である凌江が行っている。
「……そうか。せっかくだから、裏山まで行って来るか。城の庭にはないような、珍しい花もあるからな。暗くなるから、すぐ行くぞ」
「「はい!」」
子供たちは二人揃ってそう元気に返事をして、父親の両手に片方ずつ、自分の手をつないだ。夕日が、三つの背中に優しく照りつける。子供たちの小さな手が本当に愛おしくて、気付かれない程優しく、彼はその手を握り返した。
何度も諦めたはずの幸福が、今はその手の中にある。小さく吐息を漏らして、彼は静かに願った。
どうかこの幸福が、永遠でありますように……。
答える夕日は、いつまでも赤々と優しかった。
こんにちは、霜月璃音です。
「異国恋歌~龍神の華~改訂版」第百三十話をお届けいたしました。
ここまで長い連載にお付き合い下さった皆様、本当にありがとうございます。この連載は、一応ここで完結という形を取らせていただきたいと思います。
一応、とお書きしましたように、これからもいいお話が浮かべばこちらに書き足しをさせていただく予定でおりますので、よろしければその時もご覧下さい。
また、ご感想や評価などもいただけると大変嬉しいです。
「最後まで読んでやったぞ」というご報告などでも構いませんので、もしよろしければ、どうぞよろしくお願いいたします。
長々と後書きを書いてしまいましたが、この連載に最後までお付き合い下さった皆様、そしてこんなに長い後書きを最後までお読み下さった皆様、本当にありがとうございました。