明鈴結婚秘話 其の四
「とまあ、大体こんな感じ」
「へえ、そうだったんだ……」
あまりの感動に言葉をなくしている義妹に、明鈴は眉を寄せて仕方ないな、というように笑って見せた。しばらく沈黙が流れてから、ふいに彼女がニコリと笑う。
「素敵なお話!」
そう言って普段弟と息子にしか見せないような笑顔を見せると、彼女は不意に立ち上がった。不意に、とは言っても、身重の体なのでその動作はひどく緩慢だ。
「柳鏡にも聞かせてあげたかったな。ねえお姉さん、今度柳鏡にも聞かせてもいい?」
「うん、いいよ」
快く自分の申し入れを承諾してくれた義姉に満面の笑みを返すと、彼女は続けて言った。
「お姉さん、帰った方がいいわ。だって凌江、絶対に心配してると思うもの。あまり心配ばっかり掛けたら可哀想だし」
「景華、他人のこと言えるの?」
明鈴のその言葉に、彼女は悪戯っぽく笑って見せる。
「柳鏡は特別! じゃあお姉さん、気をつけてね! 私、柳鏡と天連の所に行くから」
「わかったよ、またね」
景華と同時に部屋を出て、廊下を歩く。
「明鈴」
聞き慣れたその声に、彼女はくるりと振り返った。そこには、先程までの話の主人公、彼女の夫の姿……。
「あら凌江、迎えに来たの?」
「ああ。城に届け物があったから、ついでに。一緒に帰ろうか」
そう言って彼女の隣に立ってから、明鈴にもわかるほどに体を強張らせる。その様子からは、届け物の方がついでだったのだろうと言うことがありありと見受けられた。景華の体の心配をする弟と同じく身重の自分の心配をする彼に、明鈴は嬉しくなってぷっと吹き出してしまう。
「……どうかした?」
訝しげに眉根を寄せて問いかける彼に、ニコリと笑って答える。
「ううん、何でもない」
さりげなく彼の指に自分の指を絡める。一瞬面喰ったような表情をした彼だったが、やがて柔らかく目を細めて、穏やかな笑みを見せた。
優しく握り返された指先が、この先の幸福も約束してくれているように思えた。
――その夜。
「ね、柳鏡? 素敵なお話でしょ?」
天連を寝かしつけた後で、景華は昼間の話を柳鏡に聞かせていた。それから、たった今気付いたもっと素敵なこと、を口にする。
「ねえ、ひょっとして、あの二人が結婚できたのは柳鏡のおかげなんじゃない? それってすごく素敵なことね! でも柳鏡、どうして凌江の手紙をお姉さんに渡したの? 偶然?」
小首を傾げる彼女に、彼はいつものとても爽やかで黒い笑みを向けた。
「考えてもみろよ? 姉さんと結婚しようだなんて趣味の悪い奴がそんなにいるんだぜ? 驚きじゃないか?」
「そんなことないよ! お姉さんはとっても素敵な人だもん!」
彼のその言葉を否定して見せるが、彼はその部分については持論を曲げるつもりはないらしい。いくら彼女が言っても無駄、とばかりに、首を横に振った。
「とにかく、そんな趣味の悪い奴の山からあいつの手紙を引っ張り出した理由は、一つだ」
小首を傾げる彼女に、悪意に満ちたとびっきりの笑顔で答える。
「どうせならその中でも一番趣味の悪い奴と結婚させたかった、それだけだよ」
「……柳鏡、それって凌江にもひどいこと言ってるよね?」
「そうか?」
彼の飄々とした態度に、思わず笑みがこぼれる。
「本当はお姉さんが誰と結婚したら一番幸せになれるか、わかってて渡したくせに」
彼女のその言葉に、彼は知らねえよ、とだけ言って視線を逸らしてしまう。彼らしい不器用な優しさに、景華は笑顔だけを返した。