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明鈴結婚秘話 其の二

「はあ……今日も、山」

 明鈴はそう溜息をついてから、彼女用にあてがわれている城の一室、その床に座り込んだ。

 景華の護衛兼侍女として宮仕えを始めてから、二年と少々が過ぎていた。彼女をうんざりとさせているのは、彼女用の控室に毎日のように届く恋文の山。

「しかしまあ……」

 そう呟いて、また一人で溜息をつく。もちろん、これらの全てが彼女宛てという訳ではない。むしろ、彼女宛てのものなど実際は一通もないと言えるだろう。なぜなら、これらの手紙は全て、女王の義姉・・・・・当ての手紙なのだから……。

「全く、柳鏡は呑気に新婚生活なんか送っちゃってるけど、こっちは大変なんだからね!」

 生まれたばかりの息子を、ひどく自慢げに、そして嬉しそうに見せて来た彼の様子を思い出して、独りでに笑みがこぼれる。これまでの分も人生の幸福を味わっている弟の様子には、彼女自身も十分に満足していた。

「でも、それとこれとは話が別なのよね……」

 さすがにそのまま捨てるのは失礼なのではないかと思って、一応全て開封は・・・している。内容を読んだことは、一度もない。おそらく世の女性が喜ぶであろう、歯の浮くような台詞が延々とつづられているのであろうが、彼女自身はそんな物に興味はなかった。いやむしろ、そのような言葉たちは好きではない。うわべだけを着飾るのと同じで、口先でいくらそのようなことを言ったって、実がなければ何の意味もないからだ。

「昼間からひとり言ですか、姉さん。廊下まで聞こえてましたよ……」

 そう声をかけてから、ガラリと引き戸が開かれる。噂をすれば影、とでも言うべきだろうか、そこに立っていたのは、彼女がつい先程まで文句を言っていた、弟だった。

「あら柳鏡、仕事は?」

「今日は午後からは休みですよ」

 ふうん、と気のない返事を返してから、ふと疑問が一つ。

「天連と一緒にいなくていいの?」

「天連なら今、景華と昼寝をしてますよ」

 なるほど、どちらにも相手をしてもらえないので、仕方なく自分を訪ねて来たという訳か。一人で納得をしてから、ふと手紙の山に目を戻す。

「すごい量ですね」

 無遠慮に部屋に入って来て、またまた無遠慮に腰を下ろすと、彼は明鈴が憂鬱になっている原因である恋文の山に目を向けた。

「別に、本当に読む訳じゃないからいいわよ。もう二年間もこんな状態なんだから、あんたには愚痴の一つや二つ言いたいけどね。……自分だけちゃっかり幸せになりやがって」

 姉の恨みがましそうな目を飄々と受け流して、彼は笑って見せた。そのどことなく不敵な笑い方が、イライラしている今日はなおさら癪に障る。

「まあまあ姉さん、姉さんも結婚したらわかりますよ。試しにこの中から一人、選んでみたらどうですか?」

「ノロケ話はたくさん! 大体、この手紙の山だってあんたのせいなんだからね。あんたがかわいい景華と結婚なんかしたから、女王の義姉、とかいう面倒な身分になっちゃったんじゃない!」

 そうかもしれませんね、などと言って話半分の態度で彼女の言葉を聞きながら、弟は笑って見せた。

「でも、姉さんも自業自得じゃありませんか? 結婚なんて全く考えていなくて、恋人もいなかったからこんなことになっているんでしょう?」

「う……」

 確かに、弟の言う通りだ。もし自分が結婚していたり恋人がいたりすれば、こんな恋文の山に悩まされることはなかったのだ。

「……確かにそうかもしれないけど、どうも苦手なのよね、こう言うの。なんか、書いてある言葉も全部上っ面だけなんじゃないか、って気がして」

「なるほど……」

 そう返事をして、眉を少々顰めて紙束の山を見つめながら彼はしばらく唸っていた。だがやがて、おもむろにその内の一通に手を伸ばすと、立ち上がって明鈴の手に押し付ける。

「まあ、嫌なら嫌で仕方ありませんが……。一通位読んでみてもいいんじゃありませんか? じゃあ、そろそろ景華と天連が目を覚ますだろうから、俺は行きますよ」

「じゃあね」

 弟の後ろ姿を見送ってから、彼に手渡された手紙を眺めてみる。封書には、凌江の名が記されていた。

 彼も地位目当ての人間だったのか、と密かに落胆する。彼は乱の頃からの知り合いだ。戦場に行くことを恐れていた彼を、叱責したこともある。そう言った経緯があって知っている彼だからこそ、自分の地位目当てで言い寄られると言うのもひどく悲しかった。

 とはいえ弟の言うように、一通くらい読んでみるのも悪くないかもしれない。嫌だと思えばそこでやめればいいのだし、やはり開封だけして読まずに捨てると言うのも失礼だ。明鈴はそこまで考えて、今手に持っている凌江からの封書を開けた。

「……何よ、これ」

 封書を開けて早々一言だけ冷たく呟くと、明鈴は控室を出て行った。背中に、冷たい雰囲気を纏って……。

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