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明鈴結婚秘話 其の一

「こんにちは。あら、今日は柳鏡もいるんだ」

 昼食の時間なら義妹も公務に追われたりしていないだろうと思った明鈴は、ちょうどいい時間帯を見計らって城に遊びに来ていた。普段城の護衛としてあちこちを回っている自分の弟は、いつもなら昼食だけは彼女と別にとるのだが、今日は休みだったようで、親子三人で昼食をとっていた。

「あ、お姉さん。ほら天連、ご挨拶は?」

「おばちゃま、こんにちは!」

 二歳と三か月少々になった甥っ子は、明鈴を見上げて笑顔を弾けさせた。つられて自分も笑顔になってから、その頭を撫でてやる。

「天連は偉いね。ちゃんとご挨拶できるんだ」

「だってね、あのね、お兄ちゃんだもん!」

 そう言って、母親の方を指差す。大きく膨らんだお腹に自分の妹か弟がいるということは、父親に聞かされて納得したらしい。ニコニコと笑う様子に、明鈴はより一層相好を崩す。

「おばちゃま、お母様とおんなじ?」

 目を丸くして自分を見上げ、小首を傾げる愛らしいその仕草に、明鈴は優しく笑って頷いた。

「そうだよ。おばさんも赤ちゃんがいるの。女の子かな? 男の子かな? 天連、遊んであげてね」

「うん!」

 天連は元気にそう返事をしてから食事に戻った。その後、景華が話しかけて来る。

「ところで、どうしたの? 何かあった?」

 彼女の隣から、弟も言外に何があったのかを問って来る。大した用事もなかったので、無駄に心配をかけてしまったことが申し訳なくも感じられた。……少なくとも、義妹には。

「いや、別に何かがあったって訳でもなく……」

 弟が溜息をつくのが、視界の隅に入る。そう、よかった、と笑って答える景華とは裏腹に、柳鏡はもう一度深く溜息をついてから口を開いた。

「姉さん、特に用事もないのならあまり出歩かない方がいいですよ」

「ちょっと柳鏡、どうしてそんなこと言うのよ?」

 景華の方にチラリと視線を向けてから、彼はもう一度溜息をついた。弟は、口があまり上手い方ではない。言葉少なに冷たいことを言った時には言外の意味、と言うものが大抵あるのだが、今回ばかりはそれが何なのかまったく見当もつかない……。

「凌江が可哀想だろう?」

 景華を納得させようとして発したその言葉で、ますます意味がわからなくなる。大体彼は、明日城に遊びに言って来る、と言えば、気をつけて、としか言わない。どうしてそれが可哀想、につながるのだろうか……? 景華も同じことを思っているようで、首を傾げて深緑の瞳を見つめている。

「身重の体で出歩いてるなんて考えたら、気が気じゃない。少しは自重して下さい」

 今度の言葉の言外の意味は、しっかりと捕らえられた。自分に警告しているのと同時に、彼は、自分の妻にも警告を発したのだ。要は、見ているこっちの身にもなれ、ということ……。

「そうかそうか、柳鏡はそんなに景華のことが心配だったんだ」

「そりゃそうですよ。いくら二人目とはいえ、転んだり突然具合悪くなったりしないか、しんぱ……!」

 明鈴がにんまりしながら聞いているのを見て、そこまで答えてから彼は慌てたようなそぶりを見せた。

「な、何を言わせるんですか、姉さん!」

 顔を真っ赤にしながら、慌て過ぎて咳込んでいる。天連が駆け寄って行って下から心配そうに彼を見上げたので、息子に大丈夫だ、と答えてやりながら、彼はその頭を撫でた。

「と、とにかく! 一人目の子ならなおさら心配なんじゃありませんか? 少しは凌江の気持ちも考えてやって下さい」

「なるほど、そういうことか……」

 一人で感慨深げに頷いてから、明鈴はからっとした笑顔を見せた。

「まあ、仕方ないじゃない。私が家でじっとしていられない性分だってこと、凌江はよくわかってるわよ」

「姉さん、俺の言ったこと、半分も聞いていませんでしたね……?」

 呆れ顔で溜息をつく弟に、明鈴はさらに気持ちよく笑って見せた。

「ほら、考えてみなさいよ。神経質なあんたと違って、凌江はのんびり屋さんだし。あんたみたいに心配し過ぎて毎晩眠れません、何てことになる訳ないじゃない」

「な、姉さん、それは……!」

 彼女がばらしてしまった、柳鏡が景華に対して持っていた唯一の秘密。景華がそれを聞いて、驚いて目を丸くする。

「ちょっと柳鏡、眠れないってどういうことよ? 一言も言ってくれなかったじゃない!」

「いや、今は普通に寝てる。その、天連の時が、ちょっと……」

「隠してたんだ……」

 まずいなあ、と思いながらも明鈴は、触らぬ神に祟りなし、という結論に達し、とりあえず食事が終わった天連を廊下にいた女官に預けて中に戻った。

「夫婦の約束事第十七条! 隠し事は……」

「ほら、内緒事ならいいって、あんたも言ってただろ?」

「これは隠し事!」

 あまりにも理不尽だなあ、と思いながらも、弟に味方してやることはできなかった。面白いな、とその場の状況を楽しむ感情の方が、先に来てしまったのだ……。

「ま、まあまあ景華。とにかく、柳鏡はそれだけ景華のことが心配だったんだよ」

「でも、一言位相談してくれたって……」

 しょんぼりと落ち込む姿を眺めながら、明鈴は殺気を感じた。間違いなく、鋭い深緑の瞳から発せられるもの……。

「ほ、ほら景華、凌江は心配するかもしれないけど、もう遊びに来ちゃったんだし、せっかくだから何か楽しいこと話そうよ!」

 自分の体は今、自分だけのものではない。何としても、景華が絡むと恐ろしい弟から守り抜かなければ……。

「うんと、そうだな……」

 一方、義妹の方は一生懸命話題を探してくれている。彼女の表情が緩んだことで、明鈴もほっと胸をなでおろした。先程までの不穏な空気も、その影をひそめたからだ。

「……俺、天連と遊んでるからな」

 大した興味もなさそうにそう言い置いて、弟は部屋を出て行ってしまった。その後、景華が何かを思いついたかのように表情を明るくする。

「あ、ねえお姉さん、私、聞きたいことがあるの!」

 片眉だけを少し上げてやると、彼女は嬉しそうに笑ってから続きを口にした。

「お姉さんは、どうして凌江と結婚することになったの? 素敵なお話だったら、聞きたいな!」

「素敵なお話……。うーん、そうかどうかはわからないけど、聞かせてあげるよ! 時間、大丈夫?」

「うん、お昼からはお休み!」

 そう言って身をほんの少し乗り出して話を聞く体勢を整えた義妹に笑いかけて、彼女は遠くを見つめるような目をした。

「もう、あれから二年になるんだね……」

 明鈴は瞳をほんの少し細めて、本当に愛おしげな顔で当時のことを語り始めた。

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