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龍神の休日 其の三

「はい、天連。あーんして……」

 冷ました御飯を、ゆっくりとその口元に運んでやる。御飯、と言っても、大人のそれよりもかなり柔らかく焚かれている、天連用の離乳食である。小さな口を真剣にモゴモゴと動かす様子を見ていると、笑みがこぼれてしまう。

「おいしいねー、天連。はい、今度は人参だよ」

 柔らかく煮られた上に、天連に食べやすいように擂り下ろされているそれを運んでやる。母親が差し出している匙をじっと見つめてから、パクリとそれも口に入れた。

 ガラッ。そこへ、遠乗りから帰って来た柳鏡が姿を現した。部屋に彼女たちの姿がないために、食事が用意されているはずの部屋にやって来たのだ。父親の姿を見つけて嬉しそうに、とーたま! と言った天連の口から、今含んだばかりの人参がこぼれた。それをぬぐってやりながら、彼を笑顔で見上げる。

「おかえりなさい」

 一瞬面喰った表情をしてから、ついと照れたように視線を逸らして答える。

「ああ……。天連、俺が抱くか?」

「うん、お願い」

 彼女の返事を受けて、彼はその真正面に腰を下ろした。それから、母親の膝に乗せられている息子の小さな体を抱き上げる。父親の膝に抱かれて、赤ん坊は嬉しそうな声を上げた。自分と同じ髪を撫でてやりながら、母親に次に食べたいものを指差しで伝えようとするその姿に、思わず微笑んでしまう。

「これ? 天連。お芋が食べたいの?」

 母親が匙ですくって見せると、赤ん坊は、うあー、と肯定を示すように言った。

「ちょっと待ってね、ふうふうするから」

 そう言って軽く息を吹きかけて、匙の先に乗った、こちらもかなり柔らかく煮られている芋を冷ます。

「はい、天連」

 嬉しそうにパクリ、と口に入れて、笑顔を見せる。二人でその様子に笑みを浮かべてから、視線を合わせる。景華は次に天連に何を食べさせるか考えながら目線を逸らし、彼に話しかけた。

「柳鏡、朝は……ごめんなさい」

「別に……。あんたに素直に謝られると、気持ち悪いな」

 そんなことは微塵も思っていないくせに、いつもの口の悪さの延長でそんなことを言ってしまう。それがわかっているので、景華は怒るようなことはなかった。もっとも、わかるようになったのはここ一年でのことだが……。

「私ね、焼き餅焼いてたの。だって天連、先にとうさま、って言えるようになったんだもの」

「その後三日も空けずにかあさま、も言えるようになっただろ」

 彼女の言葉に、苦笑しながら答えてやる。焼き餅、とは、いかにも彼女らしい。

「だからね、決めたの!」

 そこで柳鏡は、彼女を見つめたまま一瞬たじろいだ。彼女がこんな表情をするのは、昔から、ろくでもないくだらないことを考えついて、意地でも実行しようとしている時だ。

「な、何だよ?」

 続きは恐ろしいが、それを聞いて叶えるのが彼の趣味であり今では義務なので、恐る恐る訊ねる。

「次の子には、絶対に先にかあさま、って言ってもらうって!」

「あーあ、うー!」

 景華の決意の声は、天連が何かに興味を持った時に発する声と重なった。

「どうした、天連?」

 柳鏡が膝の上の我が子に問いかけると、天連は彼の後ろにある包みを指差した。

「あら柳鏡? 何か買って来たの?」

「あ、ああ……城下でちょうど市が開かれてたから、帰りにな……」

 天連はそれが何なのか気になるようで、食事に集中してくれない。景華が仕方なさそうに笑って、立ち上がってその包みを取り上げた。

「何買って来たの?」

「あ、ああ。まあ、その……天連が喜ぶかな、と思って……」

 何となく言葉を濁すような言い方が気になったが、景華はその包みを開けた。天連は、母親の白い指が器用に結び目を解くのを、興味深そうに眺めている。中から出て来たのは、色とりどりの積み木だった。角は丸く削られている。

「ああーっ!」

 天連は大喜びで、食事そっちのけで夢中になった。赤い三角や黄色い円柱、青い角柱など、様々な色や形のものが箱に収められている。

「ああっ、こら天連、それは食べちゃダメだ!」

 とりあえずそれが何なのか口に含んでみる、という行動をとった天連を、柳鏡が慌てて止める。景華はその様子を眺めて、目を細めて笑った。それから、包みの中にまだ何か入っていることに気がつく。

「あら? これって……」

「そっ、それはっ……!」

 柳鏡は慌てて口ごもったが、景華は容赦なくそれを包みから取り出した。

 もう一つ包みから出て来たのは、表面に赤い和紙が貼られたでんでん太鼓だった。薄桃色の桜模様が美しい。見るからに、女の子用だ。

「いや、そのっ、まあ、あれだ。いつか必要になるかもな、と思ってっ……。べっ、別に深い意味はないぞっ? 次は女の子がいいかなぁ、なんて、思ってないからなっ!」

 嘘つき、と景華は心の中で笑う。こんなに真剣になって、顔を赤くして否定の動作をしているのだ、本当は今口走ったことをそのまま考えて買って来たに違いない。しどろもどろになる彼の腕から息子を抱き取って、景華はとびっきりの笑顔を見せた。

「今度は女の子がいいね、柳鏡!」

「べ、別に俺はそんなこと……」

 赤い顔のままふい、と視線を逸らす彼の様子に、ますます笑みがこぼれる。

「天連も妹が欲しいよね? ねえ、天連!」

 そう言って自分に頬ずりをする母親に、赤ん坊は心地良さそうに笑って答えた。その様子を本当に穏やかな笑みを浮かべて眺める彼に、ふと問いかける。

「ところで、私のお土産は?」

 ガクリ、と彼の体が沈む。そんなこと、今の状況では考えないだろ! 彼は心の中で彼女にそう反論していた。

「……ない」

「ええーっ、ケチ! ねえっ、天連? お父様はケチですねーっ」

「きゃあい!」

 自分に同意が求められたのがわかったのか、天連は母親の言葉にそう答えた。

「ほら、天連もケチだって言ってるよ?」

「はいはい……」

 呆れたように肩を落としながら、息子を細い腕から受け取る。景華が寝室に置かれた赤い珊瑚の髪飾りに気付くのは、その夜のお話。

ここまでお読み下さっている皆様、本当にありがとうございます。

明鈴、いつの間に結婚したの……? と思われた方もいらっしゃると思いますが、それは次回から書かせていただきたいと思います。

よろしくお願いします。

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