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龍神の休日 其の一

「ちっ……」

 朝から不機嫌な彼は、そう舌打ちをした。床に胡坐を掻いて座り、机の上に頬杖をついている。そして、ムスッとした表情でイライラと何事かを考えている。

 ガラッ。部屋の戸が開けられたことに気がついて、彼はそのままの状態で戸口を見つめた。

「あら柳鏡、ご機嫌いかが? ……聞くまでもないわね」

「答えるまでもなく最悪ですよ、姉さん」

 彼の元を訪れたのは、姉の明鈴だった。そのまま無遠慮に部屋に入って来ると、彼の真正面に腰を下ろす。

「どうしたのよ、一体? 景華は?」

「彼女なら天連と一緒に閣議ですよ!」

 彼がそう乱暴に言い放ったことから、明鈴はあることを理解する。

「なるほどー、景華と喧嘩したのね。で、あんたは何をやったのよ?」

 彼女のその問いかけに、彼はピクリと眉を動かした。

「俺が悪いこと前提ですか、姉さん……」

 彼のその言葉に、明鈴は得意気に笑って答えた。

「当たり前でしょ。かわいいかわいい景華が、喧嘩の原因になるようなことする訳ないじゃない。で? 何をやらかしたのよ? 場合によっては、ここで制裁を加えるわよ」

 明鈴はそう言って手の骨を鳴らして見せた。もちろん、本気で喧嘩をすれば彼に勝てないことはわかっているのだが、かわいい義妹のためとあらば、いたしかたない。

「景華が……」

 柳鏡が語り出した言葉に真剣に耳を傾ける明鈴だったが、次の瞬間に自分は間抜けだったと思わされた。

「景華が、天連を閣議に連れて行ったんです」

「は? さっきも聞いたわよ」

 カクリ、と肩の力が抜けてしまった明鈴に対して、柳鏡は拳を机に激しく打ち付けてから続きを話す。

「俺は休日なんですよっ? せっかくの休みだから天連と遊ぼうと思っていたのに、今日は私が天連の面倒を見る日だから、って閣議に連れて行ってしまったんです! 確かに昨日は天連と仕事に行きましたけど、全然遊んでなんかないんですよ! 最近やっと言葉を覚え始めて、とうさま、って呼んでくれるようになったのに……」

「あ、そう……」

 もはや、何を言ってやればいいのかもわからない……。どうやら彼の不機嫌の理由は、休日に一歳半になった長男と遊ぼうと思っていたのに、彼の妻が仕事に連れて行ってしまったということのようだ……。しかし、子煩悩というか、何と言うか……。ここまできたら、馬……いや、そこまでは言わないでおこう。明鈴は、密かにそんなことを考えた。

 聞いてしまった以上は仕方ないので、解決策を提示してやろうと彼女は思った。

「景華にちゃんと頼めば良かったじゃない。天連と遊びたいから、代わってくれ、って」

「頼みましたよ、そりゃ。でも、いくら言っても聞く耳を持ってくれないんです」

 彼のその台詞を聞いて、明鈴は心の中で思い切り吹き出した。どうやら弟は、二つ年下の妻に完全に尻に敷かれているようだ……。

「あ、えーと……」

 弟のことだから言葉少なに、今日は俺が天連の面倒を見る、位に言ったのだろうと思っていたが、どうやらそういう訳でもないようなので、明鈴は解決策の提示に悩んだ。

「景華に頼めばいいじゃない!」

「だから、ちゃんと頼みましたって……」

 明鈴はとびきりの解決策を思いついたというように、鼻の頭にしわを寄せて笑った。しかし、彼が言ったように、その作戦は失敗したのだ……。それでも彼女は、彼の溜息混じりの言葉を受けてもまだ笑っている。

「違うわよ。天連がダメなら、こうやって頼めばいいでしょ」

 彼女はそう言って、真剣な顔で彼を見据えた。呆れかえったような顔を向けられているが、とりあえずそれは無視。続きにはさして期待もしていないと言うように、彼は目線を逸らして、お茶を口に含んだ。

「もう一人産んでくれ、って」

「ぶっ!」

 一寸先は闇、お茶を口に含んだことが災いとなった。

「ちょっと、汚いわねぇー」

「ゴホッ、ゴホッ! 姉さんがとんでもないことを言うからじゃありませんか! 何を言い出すかと思ったら……」

 赤面しながらも自分に懸命に口ごたえをする弟の姿がおかしくて、明鈴の唇は自然と笑みの形を取っていた。

「だって、仕方ないでしょ? 子供が二人いれば、交代で面倒を見ても天連か下の子と遊べるじゃない」

「それはそうですけど、そういう問題じゃないんです。……気分転換に遠乗りにでも行って来ます。景華が戻って来たら、そう言っておいて下さい」

 意地悪く、ニヤリと笑う。

「わかった、景華が戻って来たら、柳鏡はいじけて家出しました、って伝えておくわ」

 振り返った彼が、冷たい空気を醸し出す。今なら、視線だけで戦場を生き残れそうな勢いだ。

「変なことを言って誤解を招いたら、地獄を見せますよ? ましてや、彼女を泣かせるようなことを言ったら……」

「わかったわかった、いってらっしゃい!」

 さすがの明鈴もたじたじになってそう答える。柳鏡が続きを言わないように、彼の言葉に言葉をかぶせて。

 柳鏡はふい、とそっぽを向くと、乱暴に戸を開けて出て行ってしまった。その後ろ姿を見送ってから、明鈴がニヤリと笑う。

「変なことは言わないわよ、柳鏡。ちょっと余計なことを言うだけ……」

 それこそが、柳鏡がいつも言っている言葉、姉さんは本当にろくなことをしない、という言葉の発現とも言えるものだった。

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