龍神誕生秘話 其の八
「その後父上は母さんを里に連れ帰って、里の外れにあるあの家に住まわせたらしい」
話に区切りがついたことが彼の声音から伝わり、景華は真紅の瞳を少し眠たげに瞬かせて、柳鏡を見上げた。
「ほら、清龍の里であんたも住んだ、あの家だ。だが、母さんの存在は俺が生まれる頃に露見してしまった。……父上は長だったからな、顔を知らない人間はいなかった。だから、足繁く通う場所がある、と噂になっちまったんだよ」
「そう、だったんだ……」
清龍の里のあの家に想いを馳せる。懐かしい、彼を待つ生活……。辛く苦しい日々だったはずなのに、不思議と、心の底が温かくなる……。そして。
温かい、と感じられるものが、もう一つ。彼女の首に柔らかい重みを感じさせる、真紅の首飾り。これは、元々彼の母親の物だったらしいが……。
「ねえ、柳鏡? ひょっとして、この首飾りって……」
柔らかくそれに手を添えると、彼が瞳を僅かに細めた。
「ああ。それは、父上が母さんに贈った物だ。俺が生まれた時に渡したらしい」
改めて、この首飾りがどれだけ大切な物なのかを感じる。彼からもらった、それだけでも彼女にとってはとても大切な物なのに、これには彼の誕生を喜ぶ両親の心、そして、連瑛の彼の母親への想いが込められているのだ。
きゅっと、首飾に触れる彼女の指先に力が込められるのが見えて、彼は僅かに口元を綻ばせた。彼女が何を考えてそんなことをしているかなんて、とうに予測がついている。しばらくの沈黙があってから、彼の手がおもむろに彼女の髪に伸びた。
「まあ、あんたがそれだけ大事にしてるなら、父上も母さんも喜ぶだろうよ」
大きな手に乱暴に頭を撫でられる。その心地良い揺れと温もりは、少しうとうとし始めていた彼女を、優しく眠りの淵へと運んだ。彼女が眠ってしまったことに気が付いて、彼がゆっくりと溜息をつく。
「おい、寝るなよ。風邪引くだろうが……」
寝るなよ、と言いながらも、彼女を起こす気は全くない。小声でそう言ってから、彼女が本当に寝入ってしまったことを確かめる。彼女が何の反応も示さないことから、どうやら本当に眠ってしまったらしいと判断する。
「……重いのにな……」
そう呟いてから、彼は静かに彼女を抱き上げた。二人分の重みが、その腕にかかる。ゆっくりと彼女を寝台に下ろしてから、彼はホウ、と溜息をついた。どうやら、彼女の体を運ぶのに思いのほか神経を使っていたらしい。
「……平和な顔して寝てるな……。本当に、それで母親になれるのかよ?」
彼の苦笑交じりの問いに答えたのは、唇を淡く綻ばせた、彼女の幸福そうな寝顔だった。