龍神誕生秘話 其の六
「その人が今の父上の奥方様、って訳だ」
「えっ? 奥方様って、あの人?」
景華が言いたかったのは清龍の里で対面した、冷たい印象を受ける、美しい人のこと……。はっきり言って、印象が違い過ぎる。彼女のその言葉に、柳鏡は緩慢な動作で頷いた。
「ああ、あの人だ。別に、あの人だって最初からあんな風だった訳じゃないと思うぜ。……父上のことを大切に思っていたからこそ、ああなっちまったんだろうな……」
「……そうだね」
彼の言葉の意味は、昔の鈍い彼女ならともかく、今の彼女には理解できる。誰よりも大切な人だったからこそ、その人にとって自分よりも大切な人の存在を知ってしまった時、心からの憎しみや怒りと言うものを持つようになってしまったのではないだろうか……?
「まあ、それは俺たちが言ったってどうしようもないことだ……」
「うん、わかってるよ……」
彼女の心情など、景華には推し量ることもできない。同時に、そんな思いをすることのない人生を自分に与えてくれる隣の彼に、心の底から深く感謝した。
「ねえ柳鏡。嫁取り歌、って何?」
自分の想いなど、言葉にしなくても彼は汲み取ってくれる。それがわかっていた彼女は、敢えて話題を変えるということを選んだ。初めて聞くその言葉に興味を持った、というのも、事実だったが……。少々意外そうな顔をしてから、彼が答えてくれる。
「何だ、知らなかったのか? 嫁取り歌って言うのは、昔の王様がどの部族から嫁を取るのか迷っていた時に、その当時の詩人が各部族の女性の特徴を表現した歌らしい」
「へえ、どんなの?」
縫物をする手を止めて興味津々といった様子で見上げて来る彼女に、彼は一瞬困った。はっきり言って、うろ覚えなのだ……。
「はっきりは覚えてねえよ。確か、亀の女は水のように優しい、鳥の女は炎のように激しい、龍の女は木々のように強い、虎の女は風のように穏やか、だったかな。砂嵐族はこの当時、まだなかったらしい。ほら、考えてみろよ。姉さんなんか腕っぷしも性格も馬鹿でかい大木みたいに強いし、春蘭はあれで結構感情の起伏が激しかったりするだろ? 当てはまってるんじゃねえか?」
「うん、確かに……でも」
そこで彼女が小首を傾げて見せたので、彼は何が気に食わないのか目線だけで問いかけた。それに、さらに納得いかないというように首を傾げた彼女が、問いかける。
「ところで、王族は?」
彼がニヤリと意地悪に笑ったので、景華は次の言葉を警戒した。絶対に、何か意地悪なことを言うに決まっている……。
「ああ、王族の女は、アホでドジでわがままで八つ当たりが得意で手に負えない、って……」
じとーっと彼を冷たい目で見上げてから、一言。
「それ、絶対に柳鏡が作ったでしょ」
しらばっくれて、何のことだ? なんて言う彼に、さらに畳み掛ける。
「それに、そんなこと言っていいの? この子が女の子だったら、お父様がそう言ってたよ、って言い付けちゃうよ?」
「……」
形成逆転。先程まで優位に立っていた彼だが、あっという間に彼女の顔色を伺わなければならない立場に立たされてしまった。
「……続き、聞くか?」
「うん!」
うまい具合に騙されてくれたものだ、と思わず微笑んでしまう。隣で縫物を再開した彼女は、もう先程のことは忘れてしまったようだ。いい傾向だな、と思って、続きを語り始める。
「その後五年がたって、父上は凛……今の奥方様と結婚し、三人の子供が生まれた」
「それが、柳鏡のお兄さんたちとお姉ちゃんだね」
明鈴については自分の姉と呼称するくせに、残る二人の兄に対しては態度が頑なになる彼女の様子に、彼は苦笑を洩らした。決して馴れ合って欲しい訳ではないが、かと言ってそんな態度を取られるのも、少々複雑な気分になってしまう。半分とは言え、自分は彼らに疎まれていると言え、彼らは血を分けた兄たちなのだから……。
「……ああ、そうだ。それなりに平和に暮らしていたある日、父上は、珎王の結婚式に行くために輿で出掛けることになった。当然清龍族の人間は、父上の輿が通る時に道を開け、頭を垂れる。その中に一人、腰を折らない奴がいたんだ……」
語る声の優しさにうっとりと目を細めた彼女は、彼の声に導かれるままに話の世界に引き込まれていった。
こんにちは、霜月璃音です。
龍神誕生秘話ももう少しで終了の予定です。よろしければ最後までお付き合い下さい。その後は、景華たちの平和な日常を描いた外伝を掲載させていただこうと思っております。
ここまでお読み下さっている皆様、どうもありがとうございました。