龍神誕生秘話 其の一
「ねえ、柳鏡」
「何だよ?」
今日は、彼女の誕生日だった。特別何かをするという訳でもなく、二人はいつものように一日を過ごしていた。大臣たちが気を使ってくれたために、閣議はお休み。そのため、二人は一日中自室に籠りっ放しだった。景華は縫物をし、柳鏡はそんな彼女の様子を飽きもせずに眺めている。
「子供って、皆こんな風に生まれて来るんだね」
彼女の小さな体。その腹部は、ふくらみがかなり目立つようになって来ていた。今彼女が縫っているのも、子供のおくるみだ。
「私も柳鏡もこうだったのかなって、今ちょっと思ったの」
「普通は皆そうやって母親の体から生まれて来るもんだろ。違うのか?」
「そうじゃなくて」
どうやら、彼女が意味したかったのはもう少し別のことだったらしい。彼は、黙って続きに耳を傾けた。
「ほら、私たちはこの子が生まれて来てくれるのを、楽しみに待ってるでしょ? 私や柳鏡のお父様とお母様もそうだったのかな、って思ったの」
「自分の子供が生まれるのに楽しみじゃない親なんていないだろ、普通……」
彼女が何を言いたいのかが把握できず、彼はそんな返答をした。
「うん、私もそう思うの。だから、すごく嬉しいな、と思って」
目を細めて笑う彼女は、心の底から何かを喜んでいるようだ。その理由が何なのかを察した彼からも、同時に笑みがこぼれる。
「私たちもこんな風に楽しみにしてもらえたんだな、と思ったら、それがすごく嬉しくなったの」
「そうかもしれないな……」
そう答えてから、ハッとする。柳鏡のその様子から、景華はあることに考えが及んだ。
「柳鏡が生まれた時、きっとお母様はすごく喜んでくれたと思うよ。紋章のことは、驚いたかもしれないけど……」
「ああ、あんたが考えたのはそっちか。まあ紋章のことは別としても、国中に望まれたあんたの誕生とは違って、俺の場合は誰にでも望まれた、とは言い難いだろうな」
彼が言いたいのは、彼の父である連瑛の本妻のこと。その言葉は、彼がいささか複雑な出自だったことを景華に想起させた。しばらくの沈黙の後に、景華が重く口を開く。
「ねえ、柳鏡。訊いても良い?」
「ダメだって言ったって訊くだろ、どうせ」
しっかりとばれていたな、と思いながらも、かねてよりの疑問を口にする。
「連瑛様って、すごく真面目な方じゃない? 家族もとっても大事にする方みたいだし。そんな方がどうして、その……」
「どうして二つも家庭を持つようなことをしたのか、って訊きたいのか?」
「うん……。聞いちゃいけないかな、とは、ずっと思ってたんだけど……」
言いにくそうな景華の後を引き継いで、柳鏡が付け足す。それに素直に頷いて、彼女は黙って俯いた。何だか、とてつもなく悪いことを言ってしまった気分だ。
しかし彼は大して気にする様子もなく、その場に座りなおしてから口を開いた。
「俺も詳しいことは知らねえよ。母さんが昔聞かせてくれただけだからな。あの父上がそんなことを聞かせてくれるはずもないし。まあ、概要は覚えてるぜ。それなりに長い話なんだが……」
「聞かせて欲しいな」
彼の口調から悪い話ではないと言うことを察知した彼女は、甘えるように上目づかいでそう頼んだ。彼女のその言葉と様子に、彼は目を柔らかく細める。手招きをしてやると、景華は嬉しそうに笑って身重の体で揺り椅子から立ち上がり、緩慢な動作で彼の隣に腰を下ろした。どうやら、裁縫は一時休憩にするらしい。
「あまり詳しくは知らねえけど、俺が生まれる九年前だから……そうだな、今から二十九年前、もしくは三十年前だな。父上はその当時十六歳で、先代が早くに亡くなったためにすでに清龍の部族長だったらしい」
隣で時々何かを思い出そうとするかのような様子を見せる、彼。その声に、彼女の耳は心地良さを感じていた。ゆったりと、時間が流れる。その優しい声に、景華はすでに引き込まれていた。
二つ前のお話から、新たに書かせていただいた番外編となっております。お楽しみいただければ幸いです。
ここまでお読み下さっている皆様、本当にありがとうございます。
番外編はもう少し続く予定ですので、よろしければお付き合い下さい。