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爆弾陛下と龍神 内緒

「……何するんだ?」

 ちょうど机上におかれていた墨と筆をとる。それから何事かをさらさらと書き加えて、よし、と言って顔を上げた。柳鏡の視線が、彼女がたった今書き加えたものに向けられる。

「……第三十四条、無闇に離婚する、なんて言わない。……アホだなあんた、あんなの本気にしたのかよ?」

「したよ!」

 そう言ってその頬をぷぅっと膨らませて、席に着く。彼女の頬が、風船が萎むように一瞬で戻った。

「わぁ、苺!」

 夕食の膳に添えられていた苺が、彼女の機嫌を一瞬で直してしまったのだ。その様子に、思わず笑みがこぼれる。そう言えば、彼女の日記帳の好きな食べ物の欄にはずっと苺、と書かれていた。さりげなく自分の膳の苺を彼女の膳に移してやりながら、訊ねる。

「そう言えば、あんた、あの日記帳どうするんだ? やっぱり取っておくだろ?」

「うーん、あそこまで柳鏡の悪口ばっかり書いてあると、申し訳ないなぁ……」

 食事に手をつけるが、なんとなく上の空だ。他の部分も気になっているのかもしれない。

「いや、あの位は予想の範囲内だったぞ? 考えてもみろよ、あんたの日記帳だぜ? ろくなことが書いてある訳がない」

「失礼ねー! 今はまともなこと書いてるわ、よ……」

 彼の片眉が、意地悪く吊り上がった。失言だった。これでは、今も日記をつけているということをばらしてしまったようなものだ……。

「今は、ね……。さあ、どこに隠してあるのかな?」

「な、内緒!」

 食事に集中しているふりをする。彼の笑顔が、朝と一緒で邪悪なものを含んでいる。

「さあ、さっさと話しておいた方が身のためじゃないか?」

 無視。彼には、死んでも見せられない。

「お兄さんは気が長い方じゃないんだがなぁ……」

 朝も聞いたような台詞。それでも、景華の口は固い……。私は貝、と自分に暗示をかけているから。また、あの紙切れが出てきた。

「第十七条、隠し事は……」

「隠し事じゃないもん! 内緒事!」

「同じじゃねえか……」

 開き直る彼女にそう言うが、彼女は涼しい顔で食事を続けている。

「そう言えば、破った時には罰則っていうのがあったよな……? ああ、そうそう。床で寝る、だっけ? この寒いのに御苦労だなぁ……」

 ギクリ。彼女の手が止まった。顔色が変わる。それから、また開き直る。

「い、いいの! 内緒事だから、隠し事じゃないもん! だから罰則もなし!」

「無茶苦茶な論理だな……」

 仕方なく諦めて、彼も食事に取り掛かった。いや、本当は諦めてはおらず、いつか見つけてやろうと思っていた。見つけて爆死するのは自分の方だと言うことを、彼は知らない。

(どこか見つからない場所に隠さなきゃ……)

 彼女の今の日記帳は、彼らの寝台と壁の隙間に隠してあって、その表紙に月桂樹の葉が飾られている。大会で優勝した柳鏡に被せた、あの冠の一部だ。そして、その中身こそ彼には見せられない。書かれているのが悪口なら笑い事で済ませられるが、彼に対する素直な気持ちがいっぱいいっぱいに綴られているのだから、死んでも見せられないのだ。

「ねえ、柳鏡?」

「何だよ?」

 いつもの調子で、面倒そうな返事が返って来た。景華は、それに微笑む。

「また寝る前に一緒に見ようね、日記帳!」

「俺の悪口を書いていない所があるならな……」

 自分と同じ位素直でない彼は、決して素直な言葉は返して来ない。それでも、その行動には彼の素直な答えが滲み出ている。たとえば今一瞬、彼の手がピタリと止まったのがそうだ。その了承のサインに、軽く微笑む。今度は、彼の方が顔を上げた。

「ところであんた、あの部屋何に使う気だよ? 空き部屋にはしないだろ?」

 彼が気にしていたのは、彼女が部屋を移った後に空いてしまう、今の部屋のことだった。あの部屋には、二人の幼少期からの思い出がいっぱいいっぱいに詰まっている……。

「あ、あの部屋はね、いつ使うことになっても良いように空けておくの」

 その言葉に、彼は不機嫌そうに眉根を寄せた。

「何だよ、賓客用の客室にでもする気かよ?」

 彼にとって、あの部屋はこの城の中でも特別な場所だった。城に遊びに来た彼を、いつも彼女が待っていたのがあの部屋だったから……。そんな場所だから、他人の手で蹂躙されるのはなんとなく面白くないのだ。

「違うよ。……でも、いつでもいいように空けておくの」

「はぁ? だから、何の部屋にするんだよ?」

 ほんのりと頬を上気させて俯く彼女に、彼は苛立ちを隠さずに訊ねた。彼女の顔が、勢い良く上げられる。

「もう、わかってよ! 柳鏡鈍いっ!」

「だから、さっぱりわからねえよ! 大体、あんたに鈍いって言われるようじゃ終わりじゃねえか!」

「こ・ど・も・部・屋!」

 柳鏡が、ピタリとその動きを止めた。まるで、一瞬にして彫像になってしまったようだ……。彼の顔が、みるみる赤くなっていく。彼は、またしても彼女が仕掛けた爆弾に被爆してしまった。どうやら、かなり重傷のようだ。

「……わかった?」

「ああ……」

 目は合わせずに、お互いに自分の手元にその視線を落とす。

 そう遠くない未来に、彼らも自分たちの子供を持つことになるに違いない。景華はそうも考えて、あの部屋を移ることに決めたのだ。父親と母親の思い出がたくさん詰まっている部屋で、自分たちの子を育ててやりたい。そんな思いがあった。だが、彼はどう思ったのだろうか。

「嫌だった……?」

 彼の顔色を窺いながら、訊ねる。まだ赤い頬のまま、彼は必死になって食事を続けていた。相当動揺しているに違いない、彼女が見ている間だけで、二度も箸を取り落としそうになったのだ。

「ねえ、聞いてる?」

「ああ……」

 返事を促そうと思って彼にそう言葉をかけるが、はかばかしい返事は返って来ない。

「いいんじゃないか……?」

 やっと思考回路が回復したらしい、彼から賛成の返事が返って来た。

「うん! そうでしょ?」

 その言葉に嬉しくなって、思い切り笑顔でそう答える。彼らがそう決めた部屋に入る最初の住人が誕生するのは、これから一年半も後の話だった。

ここまでお読み下さっている皆様、大変ありがとうございます。

もう少しで外伝「爆弾陛下と龍神」が終わります。

その次の外伝も執筆しておりますので、どうぞお付き合い下さいませ。

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