爆弾陛下と龍神 寝相
「あーあ、結局全然進まなかったじゃない、片付け。柳鏡のせいなんだからね!」
「さすが八つ当たりの常習犯だな」
ふと空を見上げる。まだ、白い物がチラチラと舞っている。
「雪、まだ降ってるね。今夜、冷えるかな……?」
「まあ、いつもよりは寒いだろうな。布団、一枚増やしてくれるように頼んでおくか」
渡り廊下の床も、いつもより冷たい。靴を履いていても、その冷気は足を伝ってくる。
「一枚で足りるかなぁ……」
「あんた、寒がりだからな」
曲がり角を曲がる。城の庭園は、うっすらと白くなっていた。この城がそんな風になっているのを見たのは、彼女には生まれて初めてのことだ。
「ま、いいや。いざ寒かったら柳鏡の布団も取って寝ちゃお!」
悪戯な笑みに返されるのは、いつもの意地悪な笑顔。
「そんなことになったら、あんたの寝相の悪さが原因で離婚だな」
「えええーっ!」
本気で不安そうな顔をして、彼女が立ち止まった。その様子に、思わず吹き出してしまう。
「まぁ、嫌ならせいぜいお行儀よく寝ることだな」
「ううう……」
絶対に、口論では彼に勝てない。彼は、彼女の戦法を熟知していた。たった一つ、彼が彼女に勝てなくなる秘策があるのだが……。
「あ、そっか! 良い方法があった!」
とてつもなく良いことを思いついた、というように、彼女が笑う。
「何だよ?」
どうせろくなことじゃないんだろうな、と思いながらも、あまりいじめると可哀想なので、仕方なく聞いてやる。
「柳鏡の布団、柳鏡ごと着ちゃえばいいんだ! そしたら、柳鏡も寒くないでしょ?」
彼の体が、ガクンと沈んだ。その様子を、彼女が不思議そうに目を丸く見開いて眺める。彼は、何とか床に沈み込む前に復活した。まさか、自分の唯一の弱点が彼女につかれるとは思ってもいなかった。照れ屋な彼が彼女に反論できなくなる、唯一の秘策……。顔を上げても、彼女とは目線を合わせない。黒いくせ毛が、長い指に掻き上げられた。
「嫌だね。あんたの足、尋常じゃないほど冷たいんだ。こんな寒い日に俺に近付けるなよ」
「何よー、いつも冷たいだろうと思って遠ざけてあげるのに、勝手に寄って来るの柳鏡の方でしょ!」
珍しく、彼の方が返答に詰まった。いや、言葉の返し方はいくらでもあるのだが、照れ屋な彼には彼女に真実を告げることができない。
「わぁ、柳鏡が大人しくなった! 私の勝ち!」
その言葉にむっとして、突き動かされる。
「アホ、あんたの足が冷たいままじゃ可哀想だから、仕方なく温めてやってるんだろ! わかれよ、その位! だからあんたは鈍いって言うんだよ!」
今度は景華が言葉を紡げなくなってしまい、黙る。勝負あった。またしても、彼の勝ち。だが、何となく気恥ずかしい……。視線を、廊下の外に向ける。
「頼んでないのに……。大体どうして私が壁側なの? この前、頭ぶつけちゃったじゃない!」
頬を赤く染めながらも、手当たり次第に一生懸命彼に反論する。ここまで来たら、何としても一勝位したい。
「ああ、あんたなら寝相が良いからぶつけるかもな。だが、いいか? もし部屋側だったら、壁はない。どういうことになるかわかるか?」
「お、落っこちる……」
「ご名答」
彼が鼻で笑う。彼女の寝相は、お世辞にも良いとは言えない。そんな彼女を部屋側に寝せれば、どんな惨事が起こるかは目に見えている。
「大体、不思議なんだよな。どうしたら寝てるのにあんなにもぞもぞと動けるんだよ?」
「知らないよー……。あ、柳鏡がいるせいで寝心地が悪いのかも!」
「離婚だな」
「ふぇー、やだぁー!」
慌ててその腕にしがみつく。今彼に離婚なんてされたら、それこそ生きていけない。
「……決めたっ!」
「何をだよ?」
腕に景華をぶらさげたまま、いかにもだるそうに彼が訊ねた。夕食が用意されているはずの仮部屋の戸を開ける。
「それ、ちょっと貸して!」
そう言って景華は、柳鏡の懐にしまわれていた紙切れを抜き取った。