爆弾陛下と龍神 爆弾
「あ? これ、何だよ?」
何気なく日記帳のページを繰っていた彼は、他のページとは違うつくりの部分を発見した。
「ああ、それはね、誕生日の日につける日記なの。その時に好きなもの、とか、たくさん書いておくの!」
彼がたまたま見つけたのは、彼女が十六歳になった時のページだった。彼女の話では他にも同じようなページがあるはずなので、見ていく。
「あんた、笑えるな……。将来の夢、趙雨のお嫁さん、だと。叶わなくて残念だったな」
「い、いいの! ……あ、私、好きな色だけはずっと変わってないねー。赤だって!」
「将来の夢、もな」
意地悪に笑った彼の気をうまく別のことで逸らそうとする彼女だったが、彼の方が何枚も上手だ。その手には乗ってくれない。それでも、彼女の誕生日記念の日記をどんどん探して行く。
そして、日記の一番後ろのページ、五歳の彼女の誕生日記念の日記を、二人で見る。
「あれ? ここだけ違う……」
彼女がそう言ったのは、将来の夢、の欄。そこにはこう書かれていた。
「柳鏡の、お嫁さん……? えー、五歳の私、趣味悪い!」
「それを言うなら今のあんたもだな……」
また彼に頬をつねられるが、その指先には力が入っていない。振り返って、彼の顔を見上げる。
「あはは、柳鏡照れてるの? 赤くなってるー」
「うるせえよ! 大体、あんたはそういうところがずるいんだ!」
意味不明な彼の言葉に、首を傾げる。つい、と眼が逸らされてしまった。
「あんたは絶対そうなんだ! 最後の最後に必ずと言っていい程強烈な爆弾が仕掛けてある! それで大逆転決めるんだから、せこいんだよ!」
「意味わからない……」
そう言って口を尖らせた彼女には、真実その意味はわからない。だが、彼はいつもその爆弾の被害を被っていた。
彼女のわがままを聞いた後、彼は必ずこう思った。二度と彼女のわがままなんか聞かない、と……。それでもまた次々と叶えてやりたくなってしまうのは、彼女が必ず自分に向けてくれる、とびっきりの笑顔のせい。その笑顔に、彼はいつも被爆していたのだ。
「あんたに意味がわかるはずないだろ。世界一鈍いんだからな!」
「失礼ねー! そんなこと言うけど柳鏡だって……」
「失礼します、陛下……」
戸口で女官がそう声をかけて、戸を開けた。二人の動きがピタリと止まり、そちらに視線が向けられる。
「御夕食の準備が……」
そこで視線をあげた女官が、一瞬固まる。そして。
「しっ、失礼いたしました!」
彼女は、慌てて戸を閉めて逃げて行った。今度は、二人が一瞬固まる。なぜ、女官にあんな対応をされたのだろうか? そして、思い出す……。
「ちょっとーっ! いつまでベタベタしてる気よ、変態!」
彼女が赤くなって立ち上がる。どうやら、自分たちの現状、という物がようやく把握できたようだ。あまりにもその感覚が自然過ぎて、忘れていた……。
「俺は一度降りろと言ったぞ? 重くて死にそうだった……」
しかも至近距離で顔を突き合わせて言い合いをしていたのだ、別の状況に見えなくもない……。
「もーっ、誤解されちゃったじゃない! 柳鏡のせいなんだからねっ!」
「なぜ俺一人に押しつけようとする? あんたがさっさと降りればそれで済んだ話じゃねえか!」
「柳鏡がやってたらなんでもいやらしく見えるの! わかった? 変態のエロ大魔神様!」
真っ赤な顔で、照れ隠しのために必死で彼に悪態をつく。
「あんた、良い根性だな……。仮に百歩も千歩も一万歩も譲って俺が変態のエロ大魔神だとしたら、あんたは変態と結婚してることになるんだぜ? それでいいのか? 女王陛下?」
「うぅ……」
やはり、勝ち目はない。すぐに白旗を上げる。
「私が間違っておりました……」
「素直でよろしい」
彼の得意気に笑う様子が、腹立たしい。いつかは一矢報いてやろう。そう決意を新たにする。
「ほら、飯食いにいくぞ。爆弾陛下」
「ちょっと、何よその爆弾って!」
先程女官が消えた戸口を、彼が先にくぐった。それに半歩遅れて、彼女がついていく……。それが、二人の一番自然な歩き方だった。