爆弾陛下と龍神 一応
「あぁー、そうか。俺はあの瞬間に人生の選択を誤ったのか。あの時珎王がなんとおっしゃっても断るべきだったな。わがまま姫のおもりなんか面倒くさくてできません、って」
「失礼ねー! それなら、私こそ間違ったわ。あの時、柳鏡なんかに同情しないでクビにしておけば良かった! そうしたら、今頃……」
柳鏡の片眉が、意地悪く吊り上がる。本当に、何度墓穴を掘れば気が済むのだろうか……。
「俺がいなかったら今頃……。ああ、あんたは土の中だったかもしれないな。それで満足か? ん? 土の中は真っ暗だろうなぁ、明かりもないしなぁ……」
「あうあう……」
口ごたえはできない。彼の言う通り、もし彼がいてくれなければ、彼女は一年前に死んでいたはずだったのだ。
「あは。感謝してるわ、本当に……」
ひきつった笑顔を浮かべて、はぐらかす。どうやら、このページを選んだのは失敗だったようだ。
「あ、見て。柳鏡が初陣から帰って来た日も日記つけてあるよ」
「どれどれ……」
背中の方で、彼が動くのがわかった。そのまま前にほんの少し屈みこんで、彼女の手元を見つめる。その感覚がなんとなくこそばゆくて、彼女は少しだけ身じろぎした。
「十二歳、九月三十日。今日、柳鏡が始めて行った戦場……えっと、初陣? から戻って来ました。……あんたらしい日記の書き方だな。初陣って言葉位知ってるだろ、普通……。お父様によく褒めてあげなさい、と言われたので、とりあえずそうしました。……ああ、あれはあんたの気持ちじゃなくて、親に言われただけだったのか」
「確かにお父様にそう言われたけど、私も話を聞いてすごいと思ったわ! 確か……」
「うわぁ、曖昧だな……」
彼の呆れ顔に、彼女は苦笑いを返すしかない。自分の目を捉えていた彼の目が、再び紙面に戻された。
「続けるぞ? ……せっかく私が褒めてあげたのに、柳鏡からは一言もなし! かわいくない! 戦場で根性曲がりが直ればいいのにと思ったけど、無理だったみたいです。残念。……あんたに根性曲がりとは言われたくねえな……。でも、何となく今日の柳鏡は悲しそうでした。どうしてかしら? ……とりあえず無事に戻って来てくれたから良しとします。一応」
「ほら、私がちゃんと柳鏡の心配をしてたことがわかるでしょ? それに、今ならあの時柳鏡が悲しそうにしてた理由がわかるわ」
一生懸命日記の良い部分を探して、どうやらやっと見つかったようだ。必死にその良い部分を売り込もうとする。
「そうだな、一応心配はしてたみてえだな」
彼は、一応、の部分に力を込めた。確かに、文末には余計な二文字が記されている……。過去に戻って日記を書いている自分に言いたい。余計なことは書かないで、と……。
「ねえ、結局柳鏡が戦場に行く理由は何だったの? あの時、はぐらかしたでしょ?」
ゴン、と彼の頭に何か重い物が落ちてきた。いや、詳しくはそんなような衝撃を受けただけだった。
彼は、全くはぐらかしたつもりはない。むしろ、彼にしては随分とはっきり言ってやった方だった。俺の戦う理由が、笑顔にある、と……。随分後になってからだったが、確かにそう伝えてやったのだ。それなのに。
「さすがあんただな……。別に何でもいいだろ。あんたには一生教えねえよ」
「気になるじゃない! ケチなこと言わないで教えてよぉ!」
甘えるように彼を見上げる。しかし、彼がくれたのはゲンコツのみ……。
「痛いー!」
「こうでもしないと、あんたの悪い頭は良くならないだろ! 最悪に鈍いな、あんた!」
「またすぐそうやってぇー……」
本来なら、彼女に口ごたえをする権利はない。本当に、彼女はどこまでも鈍感なのだ。子供の頃からどれだけその鈍感さに手を焼いて来たか、彼は考えることもしたくなかった。
「……この時のこと、少しか覚えてるか?」
仕方なく、話題を変えてやる。もし彼女が少しでも覚えていると言えば、それでその鈍さを帳消しにしてやろうと思って……。
「あ、うん。何となくだけど」
どうやら、彼のこの怒りはなんとか治めることができそうだ。そのまま当時のことを語りだす彼女の声に、耳を傾ける。その声音は、彼の耳には本当に心地良い。