爆弾陛下と龍神 硬直
そして、八月の五日。ついにうさぎを人に馴らすことに成功した少年は、彼女のためにそれを連れて城に遊びに来た。
久しぶりに、彼女の部屋の入り口をくぐる。
「あ、柳鏡。遊びに来てくれたの?」
彼女の部屋を訪れると、そこにはすでに趙雨と春蘭の姿があった。そして、戸口をくぐって来た彼を迎えた彼女の真紅の瞳が、彼が持っているものにくぎ付けになる……。
「それ、もしかして……」
「うさぎ」
短くそう答えて、彼女の手が届く位置まで動いてやる。
「ほら、これだよ」
ぶっきらぼうにそう言って、彼女の手に白くて柔らかい物を預ける。彼女は、小さなその顔をパッと輝かせた。
「これが……うさぎさん?」
真紅の瞳をまん丸に見開いて、子供の手には余るそれを恐々と抱く。
「人には馴らしてあるから、心配ねえよ。……かわいいだろ?」
「うん、ふわふわーっ! お父様にも見せて来る!」
本当に、柔らかくて温かい……。彼女は、それを父親の元に運ぼうと思って廊下に出た。そして、小さなその足で小走りをしながら、その腕に抱いたものを見つめる。白い顔に、赤い目。なんとも愛嬌のある顔だ。
「かわいいね!」
そう言って、あまりのかわいらしさにその口に自分の唇を押し付ける……。そして、ハッと別のことに気が付いた。
「あ、柳鏡にお礼、言ってない!」
くるりとその向きを反転させ、彼女を見送ってくれていた彼の元へと戻る。そして……。
「ありがとう!」
勢い余って、とでも言うべきだろうか、そのまま、うさぎにしたのと同じように彼の口元に自分の唇を寄せる。深緑の瞳が、大きく見開かれた。彼女は、そのまま何もなかったかのように駆け戻って行く……。後に残された柳鏡は、その場に茫然と立ち尽くしてしまった。
「ちょっと柳鏡! 大丈夫?」
春蘭が、固まったまま動けないでいる彼を揺すってくれる。大打撃もいいところだ。彼の思考回路は、すでに機能を停止していた。再起不能。赤い頬でしばらくボーっと、彼女が行ってしまった方を眺める。体が熱い。
彼女にしてみれば大した意味も持たない行動だったのかもしれない。しかし彼にとっては、それまでの苦労が報われた瞬間だったのだ。
いつまでも動けないでいる柳鏡の様子を見た趙雨と春蘭は、肩をすくめて苦笑した。
ついに百話目です。まさかの三桁達成で、色々な意味で感動しました。
飽きずにお付き合い下さっている皆様、本当にありがとうございます。
番外編をどんどん書き足して行く予定ですので、今後もどうぞよろしくお願いいたします。