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6話

 

 これをデートと呼んでいいかは分からないが、二回目も三回目もすぐに会うことが決まった。賢治に教えてもらった中華料理屋は世斗が想像しているものとは全く異なり、広い個室に通されたと思ったらメイン料理の付け合わせでニンジンが鳳凰の形に飾り切りして出てきた。これは食べないらしい。ただ見るためだけに切られたニンジンを見て、お金持ちって凄いなと改めて思った。


 約束通りマンゴーのお店も連れて行ってもらった。

 正直マンゴーが好きというのは営業用の答え。

 本当は好きな食べ物なんてないが、他人にそれを言うとなんで?どうして?と聞かれることが多い。だからそんなことはあえて言わなかった。

 もちろん嫌いではないから、連れて行ってもらったフルーツ屋さんで注文したマンゴーのパフェはありがたく食べた。今まで世斗が食べてきたマンゴーというのは偽物だったんじゃないかと思うくらい、独特のえぐみはなく口に残る繊維も全くない。ただ舌の上で濃厚な甘みだけが広がっていく。おかわりしたいと思うほどの美味しさに、本当に好物と言ってもいいかもと思った。


 昔と違って今は十分稼いでいる。同世代の平均よりかなり上なはずだが、世斗はあまり物欲はなく美味しいお店も知らない。だから賢治に教わるあれこれが楽しくて仕方がなかった。




「迎えに来なくてもよかったのに」

 三回目のデートの途中、賢治が家にあるプロジェクターで映画を見ていると聞いた。それを聞いた世斗が「いいなぁ」と言ったのがきっかけで次のデートで賢治の家に行くことが決まった。

 期待と不安はちょうど半々くらい。

 だけどなんとなく賢治は手を出してこない気がする。

 地図アプリがあるのだから迎えなどいらないと言ったのに、賢治は最寄り駅の改札外で世斗のことを待っていた。


「いいんだ。早く世斗君に会いたかったから気にしないでくれ。そういえば今日は仕事休みなのか?」

「あー、ちょっとセーブしているんだ。今まで休み取ってこなかったし、オーナーに言われて」

「そうだったのか。世斗君は若いのに偉いんだな」

「そんなんじゃないよ」


 半分は嘘なのに手放しに褒められて首を横に振る。


 仕事をセーブしているのは本当。

 休みも取ってこなかったのも本当。

 ただ、オーナーに言われたというのは嘘だ。

 本当は世斗から那騎に頼んだ。仕事は好きだ。気を遣いすぎて疲れることもたまにあるが、それでも天職だと思っていた。けれど賢治と話すようになってから少しおかしい。


 世斗が楽しませようと努力をしなくても賢治は世斗といるのが楽しいと言う。二人でただ黙って映画を見ていても、トークで間を埋めなくても、表情こそ乏しいが賢治はいつも嬉しそうだった。

 それは常に認められているように感じさせる。

 なにより今まで生きてきた22年間で褒められた数より、賢治と出会ってから三週間程度で褒められた数の方が遥かに上回った。


 このまま一緒にいたらやっぱり駄目なんじゃないのかと不安になる一方で、賢治と会う前の自分を思い出せない。ホストの仕事が嫌になったわけではなく、今までお客さんに100パーセントの気持ちで接客をしていたが、それが出来なくなっているように感じたのだ。

 那騎になんとなく相談してみたが、接客に変なところはないと言われた。多分気の持ちようなのだろう。ただ悩んでいる世斗を見て休んでみるのもいいんじゃないかと言う話になった。


 今はホストの仕事を休んで、たまに志騎のBarで働かせてもらっている。完全にやめたと言いきれない理由は、賢治と離れたあとのことを考えた結果だ。まだ正式に付き合うとは言っていない。世斗から言い出さない限り賢治は待っていてくれる。その優しさに甘えてこの関係に名前をつけるのを避けていた。


 正直、賢治となら……と思う瞬間はいくらでもあった。

 ただ付き合ったら最後ネガティブな世斗はいつかくる別れのことばかり考えてしまう。

 なにより自分のポリシーが邪魔をした。


 自分が誰かの特別になれるなんて信じられない。


 一緒にいられる。

 今はそれだけで十分だった。



「っていうか、賢治さん一人暮らしって言ってなかった?」

「あぁ。そうだよ」

「じゃあなんで俺たちは今高級住宅街を歩いているんだ?」


 最寄り駅を聞いた時からうっすらと感じていた違和感。

 歩いていくにつれて高い建物が徐々に減っていき、辺りを見渡せば厳重な門がそびえたっている。志騎のような高級マンションがあるエリアとは違うが、物々しい雰囲気に世斗は思わず尋ねた


「あぁ今は実家で暮らしているんだ」

「実家!?」


 閑静な住宅街にふさわしくない素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて口を手で押さえる。その声にも全く動じず賢治は普通に頷いた。

「えっなんで言ってくれなかったんだよ。俺手土産も何もないんだけど、っていうか普通に普段着だし」

 部屋で映画鑑賞だと思っていた世斗はラフな格好をしている。電車に乗るだけだし電子マネーで十分だと携帯しか持ってきていなかった。

 世斗が何に焦っているのか理解した賢治は小さく笑う。


「笑い事じゃないんだけど」

「すまない。いや、ずいぶん可愛いことを言ってくれるんだなと思って」

「はぁ?何それ」

「世斗君は俺の両親に挨拶をしてくれる気があるんだな」

「それは。……だって、お邪魔するんだから当然でしょ」

 間違ったことは言っていない。賢治と違って学はないが、常識までないと思われているなら心外だ。むくれた顔でそう言うと賢治は肩を震わせる。

「ありがとう。心配しなくても一人暮らししているのは本当だ。ほら着いたよ」


 そう言って賢治が示したのは大豪邸が立っている。

 洋館ではなくお屋敷というような家だ。


「いやいや、無理だって。ちょっとなんか買ってくるから待っていて」

「大丈夫。ほら早く入ってくれ」

「全然大丈夫じゃない……って賢治さんっ!」


 無理やり賢治に腕を掴まれた世斗は引きずられるようにして門をくぐった。わぁわぁ喚いていたがふと冷静になる。彼がこんなに動じていないということは親は出かけているのかもしれない。そう考えれば賢治の言動にも納得がいった。


 急に静かになった世斗を見て賢治は何を思ったのかまた可笑しそうに肩を震わせた。

 その笑顔に絆されたわけじゃないからなとツンとそっぽを向きながら家に入る


「お邪魔しまーす」

「はい、どうぞ」

 家の中は真っ暗で誰かいるようには見えない。やっぱり早とちりだったようだ。ホっと胸を撫でおろした世斗は玄関で靴を脱ぎ賢治のあとについていく。静かになった世斗を振り返った賢治は目を細めた。


「悪いな。世斗君の反応が面白くて少し揶揄ってしまった」

「賢治さん意外とノリ良いよね。別にいいよ」

 自覚がないのか賢治は一瞬キョトンとした顔をして今度は声に出して笑う。

「っはは。もしそうなら世斗君のおかげだよ」

「えっ?」

「自分のことは自分が一番よく分かっていると思っていたが、世斗君といるときの俺はまるで別人のように感じるんだ」

「それは良いってこと?」

 世斗が問うと賢治は首を縦に振った。

「あぁもちろん。そうだ。せっかくだから両親に挨拶してほしい」

「は?でも……」


 長い廊下を進む世斗には全て同じ襖に見えるが、足を止めた賢治は一つの襖を開ける。部屋の中は真っ暗で何も見えない。訝しげに声を上げる世斗はパチンと部屋の明かりがつくと目をしばしばとさせた。


「ただいま父さん母さん」

「あ……」


 静かにそう言った賢治が部屋に入っていく。世斗は廊下から中を覗いてようやく納得した。和室の部屋には立派な仏壇があり賢治がそこに手を合わせようとしている。

「お、俺作法とかよく分からないんだけど」

「手を合わせてくれるだけで大丈夫だ」

 見よう見まねで座布団に座り両手を合わせる。


 (えっと。賢治さんと……仲良くさせてもらっています。変なこと教えてすいません)


 まだ何もしていないけれど。

 頭の中では何度も想像している。


 なんとなく報告のようなものをした世斗は、仏壇の横に飾ってある写真を見つけた。そこにはスーツ姿の男性と女性が映っている。

「この人たちが賢治さんの?」

「そうだ」

「そっか。……あぁでも賢治さんお母さんにそっくりだね。綺麗な人」


 男性の方は渋い日本男児という顔をしているが、女性はとても美しい顔をしていた。どこか西洋の雰囲気さえ感じる。


「そうか?母はクォーターだと言っていた」

「へぇ。やっぱりヨーロッパとか?」

「ベルギーだと聞いた覚えがある」


 国名は分かるが場所までは分からない。「ふぅん」と返事をすると「ヨーロッパで合っている」と教えてくれた。


「両親とはあまり会話をした覚えがない。だからこうして誰かを紹介するのは初めてだ」

「初めてが男で驚いているかも」

「いや、案外あっさり受け入れてくれる気がするよ」


 何かを思い出したのか小さく笑った賢治に世斗は握りしめた拳の中で爪を立てた。久しぶりに家族という存在に触れて嫌なことを思い出す。世斗の身体の中で渦巻く黒い靄は言葉となって吐き出された。


「……恵まれた家庭だ」

「世斗君?」

「っ……あ、なんでもない。そうだ、賢治さんはどんな子どもだったの?実家なら卒業アルバムとかあるでしょ。見たい」


 賢治と一緒にいると、感情をコントロールする機能がたまにおかしくなる。

 今まではグッとお腹の底で留めておけたはずの言葉が自然と口から出るようになってしまった。


 矢継ぎ早に尋ねられた賢治は立ち上がると「こっちだ」と手招いた。二人は仏壇がある部屋から出て二階へ向かう。


 賢治が何も言わない逆に世斗は焦った。

 嫌な気持ちにさせただろうか。なんであんなことを口走ったのか自分でも分からない。嫉妬とかではない。ただ本当にぽろっと自然とそう言っていた。弁解したいことはたくさんあるが、世斗の口は堅く閉じたまま。二人の足音だけが静かな屋敷に響いている。


 二階もこれまたいくつもの部屋があったが、一番奥の部屋の扉を開く。一階の部屋とは異なりフローリングの部屋にはぎっしり詰まった本棚やベッドが置いてあった。部屋に入ってすぐ横の真っ白な壁の前は何も置かれていない。ソファが壁向きで置いてあるところを見るとこの壁に投影するのだろう。


「こういうお屋敷みたいな家にプロジェクターがあるのは珍しいって思ったけど、ここだけ別の家みたい」

 いつも通り振る舞う世斗に賢治もきちんと返事をする。

「たしかにそうだな。両親が亡くなってから一度この家を手放すことも考えたんだけど」

 賢治は過去を懐かしむように遠い目をして壁をなぞる。

「ただ整理をしているうちになんだか名残惜しくなって、住んでいたマンションを引き払ってこっちにきたんだ。他の物は処分したものも多いがこれはマンションから持ってきたんだよ」


 映画鑑賞にハマっているという最初の自己紹介を思い出して世斗は頷く。

 わざわざ持ってきたということはよほど好きなのだろう。賢治はソファには座らず、反対側の本棚の前に敷かれたラグの上に正座した。小さな丸机には数冊の本が平積みになっている。


「これ読みかけ?」


 再び問うた世斗は賢治の顔を見てすぐに口を閉じた。

 話しかければいつも柔らかな微笑を浮かべてくれていた賢治が、今はただジッと世斗を見つめるだけ。


「世斗君」

「……なに」


 背筋を伸ばして正座している賢治はポンポンとラグを叩いた。

「座って」

 向かい合うのを躊躇った世斗は賢治の斜向かいに座る。いつものように胡坐をかくのが憚られて賢治と同じように正座をした。


「映画。見るんじゃないの?」

「あぁ、でもその前に少し話をしよう」

 (やっぱりそう来るか)

 ギリッと奥歯を噛み締めた世斗は、視線を賢治の胸とお腹辺りを彷徨わせる。

「俺は頭の固い人間だ」

 何を言われるか気が気じゃなかった世斗は急に飛躍した話に顔をあげた。

「常に論理的に物事を考えるのが癖になっている。だから無意識のうちに相手を傷つけてしまうこともあるようだ」


 言いたいことを察知した世斗はそうじゃないと首を振った。


「賢治さんは良い人だよ。俺こんなに誠実な人に会ったことない」

「さっきも言ったが、もしそうだとしたらそれも全て世斗君のおかげだ」

 まっすぐ目を見ながら投げかけられた言葉に世斗の瞳が揺らぐ。

「世斗君が私の話を聞いてくれるたびに安心し、話しかけてくれるだけで心が躍る。勉強ばかりしてきて他人に対して考える余裕がないまま大人になった俺は、結局子どものころと変わらぬまま今度は仕事のことでいっぱいになった。それが今ふとした時に考えるのは君のことなんだ。世斗君と食べたい物、世斗君と行きたいところ、そんな風に景色を見るようになるとは数週間前の自分だったら考えられない」


 喉の奥から込み上げてくる衝動を必死に押さえつける。強く目を閉じた世斗は深く息を吐きだした。


「嘘じゃない。誰かを揶揄って反応を楽しむなんてこと考えたこともなかったんだ」

 瞼を閉じたままの世斗を優しい声が包み込む。

「世斗君の笑顔が好きだ。だけどね、嫌なことは嫌だと言っていい。俺の言動が間違っていたらこの前のように注意してほしいし、もっと我儘になっていいんだ。君には何も我慢してほしくない」

「……我慢なんてしてないし」

「他人に興味がなかったと言ったが、仕事柄洞察力はあるほうだと自負している。世斗君がいつも気を遣ってくれているのは感じていた。それに甘えてしまっていた俺も悪いと思う。だから今こうして話をしたいんだ」

 そこで一度言葉を区切った賢治が息を吐きだす。


「世斗君は俺の何を知りたい?」


 ゆっくりと目を開けた世斗は徐々に賢治に目を合わせた。

 世斗だって誰かのことを知りたいなんて思ったことはなかった。自分が傷つくリスクを避けるように交友関係は広く浅く。ポリシーも相まって誰にも本心を探ってほしくなかった。付き合いの長い志騎にだって言っていないことが山ほどある。


「分からない」そう言おうとしたのに口をついて出たのは別の言葉だった。


「……どんな家族だったの」

 それを聞いてどうするのか。自分から聞いたのだから「世斗君は?」と尋ねられることも容易く想像がつく。そうなったら何を言うのか。またその場を円滑にするために嘘をつくのか。


 頭の中がぐちゃぐちゃになった世斗は賢治から目を逸らして俯く。ラグの繊維を見つめていると「分かった」と聞こえた。



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