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5話

 


 最初に行く場所は世斗が決めていいと言われた。

 ご飯が無難だと思うがそれだけじゃ物足りないかもしれない。だからショッピングはどうかと提案してみた。ただ冷静に考えてみれば世斗が普段買い物をするような場所に、高級ブランドで身を包んでいた賢治の好みにあうものがあるとは思えない。

 なぜもっと早く気が付かなかったのか。やはりどこか浮足立っていたのだろう。そのことに気が付いたのが、待ち合わせをした場所に向かう電車の中だった。


 今更待ち合わせ場所を変更するほうが失礼な気がする。もやもやした気持ちのまま世斗は目的地に向かっていた。

 上京してからプライベートで誰かと待ち合わせて出かけるということは初めてだった。服装だってこれでいいのか分からない。女の子じゃあるまいし、何を着て行こうか出かける直前まで悩んでしまった。


 (友達、友達。俺はこれから友達に会いに行く)


 デートではない。

 たかが男友達相手に何をそんな緊張することがあるのだろうか。しかも相手は自分より年上で、経済的に余裕がありそうで、落ち着いていて、格好良くて……。

 さっきから思考が同じところをループしている。


 うだうだと考えている世斗を乗せた電車は、定刻通り駅に到着した。


 予定より30分前。

 いくらなんでも早すぎたと思いきや、ホームに降りた瞬間「世斗君?」と名を呼ばれた。


 声だけで分かる。

 パッと振り返ると数メートル先に、全人類の視線を集めてしまいそうな男が立っていた。ほら、実際に通り過ぎていく女子高生たちもキラキラとした視線を送っている……気がする。


 グレーのジャケットを着こなす賢治はやはり隙がない。もう少し気取った格好にするべきだった。世斗はパーカーの裾を握る。遠くに見える鮫島は、顔が整っている弊害で真顔だと少し冷たい印象を受ける。ただ近づいてきた賢治の顔には微笑が浮かべられていて、直視するのが憚られる。

 本当に顔が良い。ぼんやりそんなことを考えていると目の前にやってきた賢治は分かりやすく口角を上げた。


「おはよう。いや、この時間ならこんにちはかな」


 賢治は世斗の服装を気にする素振りもない。小さく息を吐きだした世斗はパーカーを離して「こんにちは、だね」と言った。

 顔を見合わせて2人で笑う。隣に立つのが恥ずかしいという気持ちは薄れていた。


「同じ電車だったんだ」

「そうみたいだな。世斗君も時間に余裕をもつタイプなのか?」

「まぁ、今日はたまたま?」


 まさか朝からずっと洋服を選んだりそわそわしていたとは言えない。2人は改札に向かって歩きはじめる。


「賢治さんもずいぶん早いね」

「俺はなんだか落ち着かなくてな」

「ふぅん」


 前を向いていて良かった。にやけそうになるのを堪えながら返事をして改札を抜ける。そのまま駅に隣接しているファッションビルに入った。


「こういう場所は来たことある?」

「いや、初めてだ」

「やっぱりそうだよね。ごめん、そこまで気が回らなくて」


 比較的良心的な値段設定のカジュアルな洋服売り場に賢治は合わない。

 今からでもどこか別の場所に移動した方がいいだろうか。ポケットから携帯を取り出して調べはじめた手を止められた。


「今日はいいんだ」

「でもせっかくなら二人で楽しめる場所がいいでしょ?」

「そう思ってくれるのは嬉しいが、今日は世斗君がいつも行っている店に行きたいと思っている」


 (俺のことを知りたいからとか言うんだろうな)


 あれから何度も電話でやり取りをしてきたから賢治の言いそうなことは何となく分かる。人との会話は先回りするのが一番楽だ。世斗は平常心、平常心、と自分に言い聞かせる。


「賢治さんが楽しいならいいけどさ」

「あぁ。それに俺もこういう店に来てみたかったんだ」

「え?あっ。そうなんだ。でもたしかにイメージにないかも。けっこう楽しいよ。掘り出し物とかもあるし、あぁでも賢治さんにセール品は合わないか。そういえば学生のときとかはどういうとこ行っていた?」

「俺はあまり自分で店に買いにいくことはなかったな」

「そうなんだ。俺も服とかに興味持ち始めたの仕事初めてからだから一緒。あ、この店けっこう好きなんだよな、見ていい?」

「ああ、もちろんだ」


 さりげない所作からも分かるが多分良いとこのお坊っちゃんなのだろう。貧乏ということはなさそうだし、服は家に届くのかもしれない。お手伝いさんがいるような生活を思い浮かべあ世斗は近くのショップを指差した。


 それに訳ありっぽい話になりそうな匂いがした。こういうときは安易に踏み込まない。これはお客さんと話すときに学んだ会話術だ。


 世斗は全体的に店を見渡したあと、きょろきょろとしている賢治を手招く。


「どう?あんまり好みじゃない?」

「いや、そんなことはない。こういう店もいいな」

 賢治の返事に世斗は満足そうに笑って、ラッグにかかっていた服を手に取った。 

「よかった。それならこれとかどう?賢治さんシンプル系もいいけど、こういうモノトーンのモード系も似合いそう」

「これ……そうか。なかなか自分では選ばないな」

 少しオーバーサイズ気味の黒のワントーンコーデ。マネキンが着ているのを見て賢治に似合いそうだと思った。案の定端正な顔立ちに映える。


「あ、でもこういう系ならあっちのお店にも良い物あったはず。他も見よう」

「ああ、そうしよう」


 誰かと買い物するのは楽しかった。

 四六時中隣にいたら落ち着かないかもしれない。何度目かのショップに入ったあと、世斗はあえて賢治と距離を取るようにした。

 少し離れたところからちらちらと賢治の顔色を窺うと、彼はどの店でも興味深そうに歩き回っている。


 つまらなそうじゃなくて良かった。

 世斗は賢治のそんな姿を見るたびに安心する。


 ふと賢治を見ると、棚の中を熱心に覗き込んでいた。何をそんなに見ているのか。静かに近づく世斗に賢治は気づかない。後ろから覗き込んだ世斗はじゃらじゃらとしたシルバーのアクセサリーを手に取った賢治に吹き出してしまった。


「なにか可笑しいことが?」

「ううん。いや、意外と似合うかもって思って」

「そうか?まだ若ければいいかもしれないが」

「全然いけるって。それに気になったから見てたんでしょ?」

「そういうわけでもなかったんだが。それに俺より世斗君の方が合いそうだ」


 音を立てず丁寧に商品を棚に戻した賢治は苦笑する。世斗は首を傾げながら問いかけた。


「年上っていうのは分かるけど実際俺とそんなに変わらないでしょ?」


 大人の色気は感じるが決して老けて見えるわけではない。自分より三つ、いや五つくらい上を想像している世斗に、今度は賢治が首を傾げた。


「それはないだろう。お世辞にもならない」

「え、そうかな?あー、でも俺結構童顔って言われるからそのせいじゃない?実年齢の話だよ」

「それにしたって……。世斗君は可愛らしいし学生のようにも見える」

「同い年だったらぎりぎり学生の人もいるかな?学歴ないからよく分からないけど、俺は22だよ」


 歳を告げた世斗に賢治は目を丸くする。

 そのあとフッと小さく笑った。


「若く見られたという誉め言葉として受け取るべきか」

「え?」

「俺は今年30になる。世斗君の好みに合うかは分からないな。年上すぎるだろうか?」


 声量を落とすわけでもなくごく自然に賢治はそう言った。突然発せられた“好み”という言葉に反応したのは世斗だけだ。幸い平日のこの時間は店内に人はまばらで二人の会話を聞いている者はいない。

 それでも落ち着かなくて世斗は賢治の身体を押すようにして店を出た。

 通路に置かれたソファに座ると、あたりをきょろきょろと見て人がいないことを確認する。ピンときていない様子の賢治に世斗は指を突きつけた。


「賢治さんはまだあんまりよく分かっていないだろうけど、世の中の人は普通じゃない人間に優しくできていないから。ああいうこと大きな声で言っちゃダメだよ」

「ああいうこととは?」


 本当にわかっていないのだろうか。

 そういえば聖人みたいな人間だもんな、と賢治の美しい顔から眼をそらして膝の上で手を組む。


「普通ってさ誰が決めると思う?……数だよ。そう思っている人が多いことが普通になる。だから男が好きっていう俺みたいな少数派は自然と排除されるってこと」


 それは同性が好きということだけじゃない。

 日常生活においても、それが正だろうが悪だろうが関係なく、数の多い意見に同調することが必要だ。そうしていれば自分に刃を向けられることがない。


 黒く渦巻く感情をなんと言葉にすればいいのか悩んでいる間に長い沈黙が流れた。世斗は組んだ手の指先をパタパタと動かしながら、自分に言い聞かせるように言う。


「賢治さんは完全にこっち側の人じゃないし。俺が気にしすぎなだけなんだけど。一応気をつけた方がいいよ」

「たしかに世斗君の言う通りだ」


 弁解のつもりだった。俯く世斗に静かな声が聞こえる。顔を上げた世斗は賢治の顔を見て言葉に詰まった。


「悪い。なんでも聞けばいいわけじゃなかったな。場所を変えよう。近くにいい店を知っている」


 さっと立ち上がった賢治はゆっくりと歩き始める。慌てて立ち上がった世斗も後に続くが、何か言いたいのに喉の蓋を閉めたように言葉が出てこない。


 (あの顔は……なんか嫌だ)

 

 少しだけ眉を下げた彼の視線には慈愛が満ちていて、体の表面がヒリヒリするような感覚になる。

 言葉では言い表せないような感情に拳を固く握りしめた。初めて見た賢治の表情に心臓の音が早鐘のように動く。


 賢治は何度か振り返って世斗がきちんとついてきているかを確認する。そのたびに世斗は顔を見られたくなくて俯いた。無意識に腕をかきながらあとをついていくと、ファッションビルを出た賢治は駅の裏手のほうに入っていく。周囲に高いビルがあるせいか少しだけ薄暗い路地を進むと、賢治は小さな喫茶店の前で足を止めた。


 くるりと振り返った賢治の顔をおずおずと見上げる。相変わらず美しいなと思うだけで、彼はもうさっきの顔をしていなかった。


「少し遠かったか?」

 その問いに首を横に振る。手書きで営業中と書かれた手作り感のある看板を見ながら、賢治のあとに続いて店に入るとお客さんは年配の男性が一人だけだった。


「賢治?こんな時間にどうした?」

「奥のスペースを貸してほしいんだが、今は難しいだろうか?」


「いらっしゃいませ」と顔を上げた店員は、入ってきた二人を見て目を見開いた。

 すぐに快諾の返事をした店員と目が合った世斗はぺこりと頭を下げる。賢治の知り合いらしいが、やはり美しい人間の周りには似たようなタイプが集まるのだろうか。どちらかというとクールな美しさを持つ賢治とは真逆で温かい笑みを浮かべる店員は世斗に近づいてきた。


「ずいぶん可愛い子連れているじゃん」

「えー、ありがとうございます」

 店員の口調からノリが良さそうだと判断した世斗は、否定もせず笑ってやり過ごす。世斗の受け答えに店員も朗らかに笑った。

「こいつ変な奴だけど悪い奴じゃないから、ゆっくりしていって。奥は好きに使っていいから」


 賢治はけたけたと笑い声をあげる店員を冷めた目で見る。


「ほかにお客さんがいるだろう。もっとちゃんとしろ」

「あの人はいいんだよ。賑やかなほうが喜ぶ」


 世斗を相手にするときよりずいぶんと乱暴な口調だ。明らかに砕けた空気感に二人の親密さが伝わってきた。どこを見ていいか分からなくなった世斗は店内を見渡す。年配の男性をたしかに穏やかな顔をしてこちらを見ていた。


「世斗君こっちだ」

 小さく会釈をして目を逸らした世斗は、言われるまま再び賢治のあとについていく。なんとなく疎外感を感じてしまったが、扉一枚隔てた先に足を踏み入れた瞬間目を輝かせた。


「何ここ……凄い」

「世斗君はこういったものが好きなのか?」

「詳しくはないけど結構好きかも」

 キラキラとした顔で周りを見る世斗に賢治は微笑む。

「それなら和樹と気が合うかもしれないな」

「さっきの店員さん?」

 賢治が頷いたのを見て思わずへぇと声が出た。丸テーブルが四つほどある程よい広さの部屋は、四方を天井まで伸びる棚が取り囲み多くのゲームやフィギュアが並んでいる。


「この店のメインは会員制のゲームサロンなんだ」

「会員制?それなら賢治さんもゲーム好きなの?」

「いや和樹に話は聞いていたが、私はそういったものに触れてこなかった」

「それならなんでここに?」


 単に友人と会わせたいわけじゃないだろう。世斗を元気づけるつもりだったのか。世斗がそう尋ねると賢治が目を伏せる。


「人目につかなくてゆっくりと話が出来る場所はここしか思いつかなかった」

「あ、そっか。なんか、気を遣わせちゃってごめん」

 世斗が謝ると賢治は大きく首を横に振る。

「謝らなくてはいけないのはこちらの方だ。無神経なことを言ってしまって申し訳ない」

「違うよ。俺が変なことを言ったから。もっと上手に伝えられたら良かったんだけど」

「いや、どう考えても俺が悪い」


 お互いに自分が悪いと一歩も譲らない。先に折れたのは世斗だった。こんなに一生懸命になってくれるとは思わなかった。クスリと笑いながら世斗は言う。


「一応さ、ゲイって公表して歩くのはリスクが高いから、それだけ注意してくれればいいよって話だったんだ。変に隠す必要もないけどお互いの為にそうしてくれると嬉しい」

「わかった。次からは気を付ける」

「うん。それじゃこの話はこれで終わりにしよう」


 賢治もようやく強張った顔から力を抜いた。

「それにしても」と続けた世斗は再び部屋の中を見渡す。


「和樹さんって賢治さんとタイプが違うよね」

「あぁ。そもそも友人と呼べる人間がほとんどいないからな。和樹はうるさい奴だが、俺にも親切にしてくれるような心の広い男だ」

「なるほど。たしかに優しそうで面白そうな人だった」


 世斗が和樹を褒めると賢治の眉がぴくりと動く。


「世斗君は和樹のような男がタイプなのか?」

「は!?違う、違う。いや、まぁ違くはないけど、俺今まであんまりタイプとか考えたことなかったから」


 (だから目の前にいるあんたの顔があまりにもタイプで困っているんだ)


 とも言えず。

 世斗は笑って誤魔化す。


「そうか、確かにあいつは学生時代からモテていたからな」

「いや賢治さんだって相当……」

「俺か?相手はいたがこの通り頭の固い男だから長く続いた試しがない。そもそも学生の内は勉強に集中していて他のことに時間を使う余裕はなかったからな。そのうち噂が広がって相手すら出来なくなった」


 どこか寂し気に言う賢治に内心で首を傾げた。

 そんなに言うほど悪い男だろうか?たしかに普通の感覚とは少し違うが、誰かに嫌われるような人ではないと思う。

 とりあえず返事をしているとノックの音が聞こえ和樹が部屋に入ってきた。大きなお盆の上にはたくさんの料理がのっている。


「適当に持ってきたから好きなもの食べて。あ、名前聞いてもいい?」

「もちろん、俺は世斗って言います」

「近頃の子は名前も格好良いんだ。はぁ時代だねぇ」

 大げさなリアクションに思わず笑ってしまうと、和樹はさらに大きな声で笑った。

「こいつがここに人を連れてきたのは初めてだから、世斗君のこと気になるなぁ。俺とも仲良くしてよ」

「ぜひぜひ。ありがとうございます」

 ひらひらと手を振りながら和樹は部屋から出て行く。

「騒がしい奴ですまない」

「全然!楽しくていいよ」

「そうか」

 つまんだポテトフライを頬張っていると、賢治も同じようにポテトフライに手を伸ばす。

「せっかくだから今日はここでゆっくりと話をしたいんだが、どうだろうか?」

「話?」

「あぁ。よく考えたらまだお互いのこと何も知らないだろう?」

 確かに言われてみればその通りだ。頷くと賢治は改まって世斗に向き合った。


「名前は知っているだろうから省かせてもらう。誕生日は8月10日。血液型はA型で兄弟はいない。好きな食べ物は中華料理で嫌いな食べ物は豆だ。趣味は資格取得で特技は勉強だな。最近はいろいろなジャンルの映画を見ることが好きだ。それから……」


「ちょ、ちょっと待った!一回落ち着いて!」

 急に立ち上がった世斗を見上げた賢治は素直に口を閉じる。

「えっと、ちょっとだけ待ってて。そうだ、俺トイレ行ってくる」

「わかった。トイレは向こうの店側にある。場所は……」

「大丈夫!分からなかったら和樹さんに聞くから」

 バタバタと部屋を出た世斗は扉を閉めた瞬間大きく息を吐きだした。


「いや、小学生じゃないんだから」


 そう呟いて頭を抱える。

 小学生のとき、クラスの女子から似たような内容の紙を何枚か渡されたことがあった。プロフィール帳だというそれは、名前や住所の個人情報の塊みたいな内容のほかに、数多くの質問がかかれており空欄を記入するタイプだった。


 賢治の自己紹介を聞いていると何故かそれを思い出してしまい、なんだか懐かしいやら恥ずかしいやら。いてもたってもいられず思わず逃げ出してしまった。


「あれ?世斗君どうした?」

「えっと、トイレに……」

「あぁそれならあの観葉植物の奥にあるよ」


 扉を出た場所で立ち尽くしている世斗に気が付いた和樹が店の奥から顔を出す。

 いつの間にかさっきの男性客は帰っていた。ペコっと頭を下げた世斗は小走りでトイレに駆け込む。


 戻ったら自分も同じことを答えなくちゃいけないのか。そう思うとむず痒い気持ちになる。こうしている間にも時間は止まってくれない。何度目かのため息を吐いた世斗がトイレから出てくると和樹に呼び止められた。


「なんだかお疲れ?」

「え?あ、いえ。大丈夫です」

「俺はてっきりあいつがまた変なこと言ったのかなって思ったけど」


 表情には出さないように「そんなことないですよ」と流した世斗に、和樹は大きな声をあげて笑う。


「世斗君いい子だね。あいつの言っていること、よく分からないことも多いと思うけど根気よく頑張って」

「あの……和樹さんは俺が賢治さんのどういう知り合いか知っているんですか?」


 最初から好意的に出迎えてくれた和樹にどうしても聞きたかった。

 世斗がそう尋ねると「いや」と間髪入れず和樹は返事をする。


「歳が離れているとかそういうこと?」

「いやまぁ……それもあるけど」

「俺はさ、あいつが誰かに興味を持つのが嬉しいんだ。万人に好かれるようなタイプじゃないけど根本的にいい奴だし。人と人が関わるのは理屈じゃないでしょ?それを面白いって思えるようになればいいなって感じ」

 和樹は、にかっと笑って世斗の肩を叩く。

「だからあいつのことよろしく」

 なにを“よろしく”されたのか聞く前に「それじゃ」と言って和樹は店の奥に入っていった。ゲームサロンにやってくるお客さんは男同士も多いのだろうか。それか詮索するタイプではないのか。どちらにしても怪しんでいる素振りがないことに世斗の不安が一つ解消される。


 残った問題はこの扉の向こうだ。


 あまり自分のことを他人に言うのは苦手だった。

 さっきみたいな変な空気にしないように、ある程度の嘘は必要だろう。人に嘘をつくことに罪悪感はない。それよりも自分のせいで空気が悪くなるほうが嫌だった。


 意を決して扉を開けると賢治は何やら本を読んでいる。

「遅くなってごめん」

「あぁいいんだ。和樹の声が聞こえたからあいつに話しかけられていたんだろう」

 さっきの大きな笑い声か。

 それだけが原因じゃないが、違うともそうだとも言わないで笑って流す。

「何見ているの?」

「これか?なにかの攻略本らしいがなかなか面白いよ」

 賢治の手元を覗き込むとダンジョン系のゲームの攻略本だった。ゲームを知らないのに攻略本だけ読んでも面白いとは思えないが、賢治にとっては面白いんだろう。そういえばさっき特技は勉強という到底理解の出来ないことを言っていたのを思い出す。


 本を閉じた賢治を横目に世斗は椅子に腰を下ろした。

「途中で止めちゃってごめん。とりあえず俺もいい?」

「もちろんだ」

 あまり真剣に聞かれると恥ずかしいが、きちんと向き合う賢治を前に咳ばらいをする。


「えっと、俺の誕生日は5月21日です。血液型はAB型で兄弟は無し。好きな食べ物はマンゴーで嫌いなものは特にないかな。趣味は動画鑑賞で特技は特にないけど、一応自炊は出来る。最近だったらピクルスを漬けてみた」


 こういうのは溜めれば溜めるほど恥ずかしくなる。ただ一気にそう言ったとて顔は熱くなった。嘘と言うのは真実と混ぜることでリアルになる。何も疑っていない様子の賢治にホッとした。


 一息ついた世斗の目の前で賢治は鞄から手帳を取り出した。


「誕生日は二ヶ月後なんだな。一緒に過ごす人はいるのか?」

 5月のページを開いて21日に丸印をつける。

 賢治によってお手本のような綺麗な字が生み出されていくのを世斗は目で追う。何故だか〖世斗君の誕生日〗という七文字から目が離せない。心ここにあらずのまま返事だけする。


「……どうだろう。お店で祝ってもらうくらいかな」

「そうか。それなら俺が一緒にいたいと言ってもいいのか?」

「いいけど。多分仕事だよ」

「時間は合わせるよ。世斗君が嫌じゃなければお祝いさせてほしい」


 相変わらず飾り気のないまっすぐな言葉を与えられ、世斗は顔を上げた。初めて賢治と会った時は彼がこんな笑い方ができると気付かなかった。賢治の穏やかな微笑みに顔が熱くなる。首を縦に振ると賢治は「ありがとう」と言った。


 お礼を言うのは祝ってもらう側じゃないのか。

「こっちこそありがとう」と言いながら世斗は賢治の手帳を再び見る。賢治の手帳に自分の誕生日が記された。たったそれだけのことなのに、なんだか地に足がついていないような感覚になる。


「そういえば世斗君はどんな動画が好きなんだ?」

「話題になっているのは一通り見ているよ。あとは好きなアーティストのチャンネルとか、芸人のも見たりする」

「そうか。今はいろいろな発信方法があるから面白いな」


 賢治から話を切り出してくれてよかった。

 自分のことに興味を持ってもらえるのは嬉しい。動画サイトを開いていくつか有名な芸人のチャンネルを二人で見る。賢治の世間知らずな部分はここでも発揮されて、あまりの疎さに何なら知っているのか知りたくなった。あれは?これは?と聞いてはケタケタと笑う。


 素の自分が会話だけでこんなに楽しい気持ちになれることを初めて知った。

 時間はあっという間に過ぎていき、出勤時間が迫ってくる。


「そろそろ仕事行かなきゃ」

「そうか。今日は楽しかった。ありがとう」

「こちらこそ」


 次の約束って普通はいつするんだろう。

 同じ相手と何回も会ったことのない世斗はちらちらと賢治を見る。帰り支度をしていた賢治は世斗の視線に気が付いた。


「どうした?」

「いや、別に……」

「何かあったら言ってくれ。そうだ。今度は世斗君が好きだと言っていたマンゴーのおいしいお店を調べておこう」


 サラッと今度を提示してくれた賢治に心が軽くなる。難しく考えていたのは世斗のほうかもしれない。


「それなら賢治さんの好きな中華も食べてみたいよ」

「そうか?それならいい店があるんだ」


 世斗に興味を持ってもらえたのが嬉しいのか賢治は頬を緩めた。意外と表情を豊かに表してくれる。賢治が嬉しそうだと世斗も嬉しい。そうやって感情をリンクさせていくと、急に抱かれたいという欲求がムクムクと膨らんできた。


 でも真面目な賢治はきっとまだダメだと言うだろう。

 欲望を悟られないように世斗は笑みを浮かべて賢治と会話を続けていた。




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