一方、その頃の志騎と那騎
志騎と那騎の話で一本書きたいくらい愛着が湧いたのでSSとして昇華しました。従順わんこ系も訳あり年上美人も好き。
ベンチに座って缶コーヒーのプルタブを持ち上げた。湯気と共に香りがふわりと広がる。
「二人きりにして大丈夫かな」
さっきから落ち着きなく自分の住んでるマンションを見上げる金髪の後ろ髪を見つめながら、缶コーヒーに口をつけた。返事がないことにへそを曲げたのか、僅かに不服そうな顔をした那騎が振り返る。
「ちょっと志騎さん聞いてんっすか」
「聞いてる、聞いてる」
「ぜったい聞いてねぇ」
呆れたように言う那騎に笑いかけて手招くと彼は素直にベンチに座る。鼻先が赤い。寒いのか手をこすり合わせる那騎に今度は志騎が呆れた。
志騎にこの缶コーヒーをくれたのはほかでもない那騎だ。「今日寒くないっすか」とホットの缶コーヒーを迷うことなく志騎に差し出す。
なぜ自分の分は買わなかったのか。長い付き合いだ。あえて聞かなくても彼の考えることなど手に取るように分かる。那騎の基準はすべて志騎と言っても過言ではない。彼のそんな考え方はどこか世斗に通じる。
だから那騎と世斗を引き合わせた。
「なんでそんな薄着で出たんだ?」
「セトちゃんに怪しまれないようにすることに気を取られてて」
「バカだなぁ」
「ひどい」
くっくっと笑う。不貞腐れたようにふいと顔を逸らした那騎の頬に缶コーヒーを押し当てた。
「わっ、なんですか」
「見てるほうが寒い」
「ええ」
志騎は再び笑って「飲めよ」と言った。途端に那騎は慌てる。
「それは志騎さんが飲んでください」
「言っただろ。お前見てるほうが寒いんだよ」
「でも……」
「いいから。それとも俺の飲みかけは嫌か?」
那騎は分かりやすく固まる。固まって差し出された缶コーヒーと志騎の顔を見比べてきゅっと口を結んだ。
「あんたは……マジでいつか刺されますからね」
「っははは!それは物騒だ」
大きな声で笑う志騎を那騎は睨むように見つめる。
「笑い事じゃないでしょ」
「で?俺はお前に刺されるのか?」
「はぁ?俺は身を挺して庇ってあげますよ」
「それは頼もしい」
「あーあ。やっぱり全然聞いちゃいねぇ」
ひったくるように缶コーヒーを取られる。揶揄うような目で見つめる志騎の前で那騎は一気に缶を煽った。上を向いて露わになった白い喉が上下に動く。口を離した那騎が真剣な眼差しを志騎に向けた。
「ほんとうに。冗談じゃなくて」
「ん?」
「人の好意に胡坐を掻くなって言ってんだよ」
強い口調でまるで咎めるようにそう言った那騎に志騎も笑みを消した。ベンチから立ちあがり駅の方へと歩き出す。一瞬躊躇ったが那騎はその後ろ姿を追いかけた。黙ったままついてくる那騎に小さく息をつく。
別に怒ったわけじゃない。
図星を刺されて逃げ出したわけでもない。
嫌なら那騎を遠ざければいいし、志騎は特別この街に執着があるわけでもなかった。ただむしょうに気分が悪い。そしてそれを認めるのが癪に障る。志騎が囚われているのは記憶だけだ。世斗のことを言える立場ではないことは分かっている。
こうしてのらりくらりと暮らす志騎を諌めてくれるのは那騎しかいない。
志騎は少し歩幅を緩めた。
「那騎」
「……はい」
「ありがとな」
「それはなんのお礼ですか?セトちゃんのこと?」
「両方だ」
それだけ言ってまた速足で歩きだす。小走りで隣に並んだ那騎は志騎の顔を覗き込んだ。
「俺けっこうしつこいんで。諦めませんよ」
「しつこい男は嫌われるぞ」
「志騎さんにはそれくらいのほうがいいんです」
分かった風な口を聞くなと言おうとしたがこの会話に覚えがあった。
足を止めた志騎に那騎は笑いかける。
「思い出しました?」
「……いいや」
志騎は否定したが那騎は嬉しそうに笑うばかり。
ため息を吐いた志騎は再び歩き出す。名をあげたのは失敗だった。そう思わずにはいられない。那騎を睨みつけるも彼は気にした素振りも見せず「焼肉食べたいなぁ」などと言ってきた。
「一人で食べてろ」
「部屋貸したんだから奢ってくださいよ」
「断る」
「あ、志騎さん店あんまり知らないんですか?俺美味い店知ってるんでそこ行きましょう」
「あ?お前より俺の方が良い店知っているに決まってんだろ」
「だったらそこ連れてってください」
「断る」
「ええ、けち」
自然と口角が上がっていく。
怒ってはいないが気分は良くなかったはずだった。それなのになんで今笑っているのか自分でも分からない。
志騎は早々に理由を探すのを諦める。二人は並んで駅へと向かった。




