3.ティンバリー家 ①
空気がやけに重苦しい。食堂に入って最初に感じたのは、本当に食事をする場所なのかと疑いたくなるような雰囲気だった。
「お嬢様を先にお通しすべきですよ、アニーさん」
「すいませぇん、以後気をつけますわ」
部屋の端で高齢の女性の使用人に乳母が注意を受けている。やり合う気はないようで、口先に形だけの謝罪の言葉を乗せていた。
目が合えば、シュリアを射抜かんばかりの鋭い視線に変わる。
(見なかったことにしましょう…)
なぜそこまで邪険にされるのか、訳がわからない。が、気にしたところで今はどうすることも出来ないので、さっさと視線を逸らし、全体をさりげなく見回してみる。
昼だというのに、薄いカーテンがかけられたままの室内。カーテンた。
中央に位置する十人がけの長テーブルには燭台が置かれているが火は灯っていない。前世では魔素を用いた照明が主流だったが、こちらはそれが行き渡っていないか、発明されていないようだ。
(あの絵のためかしら…?)
上座の後ろにはやや小ぶりの暖炉があり、その上には大きな肖像画が掛けられていた。カーテンを開ければ光が取れるはずだが、あえて下ろされているのは、この絵の保存が目的かもしれない。
絵には、シュリアよりは年上だろう男の子と、その両脇に立つ男女が描かれている。三人とも金髪で、まるで光を内側から発するかのようで、薄暗い室内の中、一層目立つ。 三人は身を寄せ合い、仲の良い様子で描かれていたが、誰しもが無表情だ。貴族の肖像画らしいといえばそれまでだが、食堂に飾る絵としてはちぐはぐな印象を受けた。
「お嬢様、お進みください」
少し観察しすぎてしまったらしい。乳母に苦言を言っていた使用人がシュリアの元にやってきた。瞳には僅かにこちらを伺うような色が見てとれる。
侍従が椅子を引いてシュリアを待っている。座面が高い子どもの椅子に抱き上げて乗せてくれるためだろう。
(私は当主をのぞいて四番目の位置。あの肖像画の三人が、私の両親と兄だとすると数が合わないわね…)
着席すると、料理が運ばれてきた。他の四席が埋まる気配はない。
しかし、四席のうち、当主の席、次席、そしてシュリアの向かいの席にはカトラリーが準備されている。
湯気が立つスープを見ながら、悩む。
(そうだ、乳母が近づいてこないわね?来るまで待てばいいのかも?)
壁際に控える乳母。そちらに視線をやったところで、唐突に記憶が蘇る。シュリアは同じように視線を送ったことがあった。
ーーお嬢様はもう三つですもの。お一人で召し上がれますわ。私の息子なんて二つの頃には一人で食べていましたし、それを思えば遅いくらい
ふと、思い出された言葉の羅列がシュリアの中で意味をなした言葉になった。
(なるほど…私は3歳、ね)
過剰症になるにはやはり数年早い。介助なしで食べるにも少し早い年齢に思う。
並べられるカトラリーは昼食ということもあってか、一対。食事もパンとスープ、メインの皿が全て並んだシンプルなメニューだ。この内容であれば今世のマナーに疎くとも食べられなくはないだろう。
(記憶はぼやけているとはいえ、ずっと私は私だったはずだもの。大丈夫なはず)
いきなり卒なく食べて変な目で見られることを危惧したが、何が正解か探る手立てを思いつかなかった。状況的にどうすることもできなさそうなので、意を決して食事に手を伸ばす。
食べ始めても制止されることはなかった。他の人を待つ必要はなさそうだとシュリアは小さく息を吐く。そして、多少の拙さは意識したものの、零したりすることなく食べ進めてもこれといった反応もなかった。
少し肩から力を抜いて、シュリアは食事を楽しむことにした。
(魔臓を増幅させてるとお腹空くのね。まあ、魔素を消費しているから、当たり前ね)
しばらく黙々と食べることに専念していたが、時折ちらちらと視線を感じるようになった。乳母だ。
(ちょっと上手に食べ過ぎだったようね)
途中から手抜きを忘れていたことに思い当たったが、まあ、子ども相手にちっぽけな嫌がらせをしてくる人物の顔色など気にしすぎてもしょうがない。
空腹が満たされると人は気持ちが大きくなるもの。シュリアも類にもれず、慎重になり過ぎるのを止め、少し踏み込んでみることに決めた。
「きょうも、だれも、いらっしゃらないのかしら?」
幼児が食堂で一人で食事を取るというのは前世としてはあり得ない光景だが、使用人の態度を見るに、少なくない頻度でこの状況になっていることが分かる。
おそらく一番上だろう高齢の使用人を見遣れば、僅かな逡巡の後、静かに答える。
「ご当主様は今日も王宮へ出向いておられます。おそらく昼食はあちらで召し上がられるかと。晩餐にはお帰りになられるかもしれません。…奥様は、間も無くお越しになられると思います」
伝えられた予定は二人分だけ。そこにどういう意味があるのか、記憶を浚っても分からなかった。
深追いはせず、気にしていない風を装って、残りの食事を口に運ぶ。
全てを食べ終わり、食後の紅茶に口をつけた時だった。扉が開かれ、現れたのは一人の女性。
豊かな亜麻色の髪をゆったりと靡かせ、シュリアの向かいに座る。
自らの肩口に視線を落とせば、そっくりな髪が目に映った。
(なるほど。だから四番目、ね)
「ごきげんよう、おかあさま」
家族構成はやや複雑なようだ。貴族らしく。
娘の挨拶を聞き、母が硬い表情でこちらを見返してくる。
(味方っているのかしら、私…)
シュリアはあの日の泣き声を思い起こしていた。




