2.魔素過剰症
(とはいえ、まずコレなんとかしないとね)
シュリアは気持ちを切り替えて自分の内側に意識を集中した。
(過剰症になるにしてはまだ幼い気がするのよね…と言うことは、つまり…)
魔素を作り出す臓器は心臓の裏にある。正確な位置を把握し、訓練を積むことで臓器の状態や魔素量などを自認することが可能になってくる。
(前世の感覚とおんなじなんだ。助かるわ。)
過去にやっていた感覚を再現すれば、スムーズに内省を行うことが出来た。感覚を探るとなると症状改善までにさらに時間がかかるところだったので、ありがたい。
「うわぁ、すごいな…」
思わず声に出してしまう程、魔素がぱんぱんに詰まっていた。この年齢でここまでということは、製造が早く、純度も高そうだ。
シュリアは改善し甲斐のある体に思わずほくそ笑む。
魔素は魔臓で製造され、体内に溜まっていくものだ。溜まりすぎると人体に悪影響を及ぼすため定期的に排出する必要があるのだが、その際、魔導式と組み合わせることで様々な現象を起こすことができる。
その事象が発見されてから後、魔素量は権力と結びつきを深めた。血筋により量に差があることが判明してからは婚姻にも影響が出てくるようになった。
多ければ多い程、ありがたがられるが、多い程面倒ごとも増える。
その際たる弊害が魔素過剰症だ。
魔素の製造に排出が追いつかず、魔臓に溜まりすぎると臓器が圧迫され痛みや発熱などの症状が出る。それでも対応しないと、臓器が破れて体内に魔素が漏れ、他の臓器を傷めていく。最終的には多臓器不全を起こし、死亡することもある恐ろしい病気。
(排出するための管は成長とともに自然と形成されていくものでもあるけど。この生産量だと自然な成長では間違いなく死亡コースね。)
過剰症に薬など特効薬は存在しない。製造が急速に進む場合は、意識して魔臓の構造に働きかけ、体の各所に存在する排出しやすいポイントまで早急に排出管を整備構築することだけが唯一の改善方法なのだ。
(でも、これだけの量を巡らせるとなると、通常の設計では役不足。直線じゃなく、むしろ細く長く。出口の多い迷路のようにしたいわ)
成長期を終えれば、意識した構築はほぼ不可能になる。最初の計画が肝心だとシュリアは前世の経験から知っていた。
最初をどれだけ丁寧に行えるか。痛みと苦しみの中で、焦らず、細かな設計図を実行できるか。
(物心つくかつかないかの時期に取り掛からなきゃいけないから、常識ではそんな複雑な回路設計は不可能とされていたけれど。今なら、可能ね)
自分なら。魔素の多さで身を立て、身を滅ぼした自分なら。
忌々しい前世だったけれど、その経験がいきなり役立つとは幸先のいいスタートに思えた。
「よーし、やってやるか!」
魔素への考察を深め、前世の知識を引っ張り出してくると、前世の記憶も芋蔓式に手元に還ってきた。
(そう、×××はもっと明るく溌剌とした女性だった。何より研究が好きで、仕事を楽しんでいた。)
そんな側面を思い出し、シュリアの口元には思わず笑みが浮かんでいた。
* * *
「わたし、てんさい…?」
正午の鐘を合図に意識を浮上させたシュリアは思わず呟いていた。
体感としては、取り掛かって二時間か三時間か。けれど回路の構築は想定を遥かに上回る速度で進んだ。
おかげで体調が劇的に改善していた。
「すごいわ、すごいわね、このからだ!」
興奮のあまり優れた実験体に出会った時のような発言になってしまっているがシュリアは全く気づいていない。
その後、高ぶる気持ちのままにベッドで飛び跳ねていると乳母がやってきた。仮病扱いされ、虫ケラを見るような目で嗜められたが、今後の改善計画をどの程度上方修正するか考えることに忙しいシュリアには全く気にならなかった。
「ほら、元気なら食堂へ行きますよ。まったく、心配して損したわ」
ぶつくさ言いながら付いてくるよう、視線で促される。
(この態度はこの世界の常識?それとも非常識?)
常識なわけないだろうとは思いつつも、今世の事情が分かってくるまでは何もしない方が無難だろう。
前世では最終的に嵌められて命を奪われたわけだが、それまでの数年間は嫉妬と陰謀の社交界で揉まれつつ、なんとかやっていた。貴族的反撃方法もそれなりには習得済みである。
(家の規模と、自分とこの乳母の立ち位置を把握が急務ね)
自分の身なりを見るにそれなりに経営がうまくいっている下級貴族か金には困っていない商家かといった所だけれど。
(この乳母の人選的に上級貴族ということはなさそうだし…。)
こちらに気遣いもせず大人の歩幅のまま歩いていく乳母を小走りで追いかけることしばらく。突き当たりに他より一回り大きい扉が見えてきた。
あろうことか乳母は振り返りもせず扉の向こうに消えて行く。どうやら、あれが食堂のようだ。
一度立ち止まり乱れた呼吸を整える。胸をはって、背筋を伸ばし、顎を引く。意識して口元は笑みを形作る。
そして、シュリアは一歩を踏み出した。




