迫りくる冬の足音
食料確保が軌道に乗り始めた数日後。 澤北は村長と共に、村の備蓄倉庫(と言っても小さな地下室だが)の点検を行っていた。 結果は絶望的だった。
「……これだけ、ですか」
乾燥させた野草や燻製にした肉が少し。冬を越すには、圧倒的に量が足りない。 それに、問題は食料だけではなかった。
「薪が足りん」
村長が重い口を開いた。
「この辺りの木は湿っていて、よく燃えんのだ。乾かす時間もない。去年は凍死者が三人出た。今年も……いや、今年はもっと寒くなる予感がする」
澤北は小屋の外を見た。 壁の隙間から吹き込む風は、日に日に冷たさを増している。 隙間だらけの家。燃料不足。そして栄養失調で抵抗力の落ちた体。 このままでは、たとえ腹が満ちても、寒さが命を奪う。
(断熱だ。家の断熱性能を上げないと、いくら薪があっても足りない)
現代日本の住宅知識。断熱材、気密性。 もちろん、グラスウールもアルミサッシもない。だが、原理は同じだ。「空気の層」を作ること。
「村長、土と藁はありますか?」 「土ならいくらでもあるが……藁は貴重だぞ」 「壁を塗り直しましょう。ただの土壁じゃありません。乾いた草を大量に混ぜ込んで、空気を含ませた土壁にするんです。それで家の隙間を埋め尽くす」
澤北の提案に、村長は眉をひそめた。
「そんなことで、寒さが防げるのか?」 「変わります。劇的に。……まずは、俺の住んでいる廃屋で試させてください。もし効果があれば、村中の家の壁を塗り直します」
澤北は、新たなプロジェクトに着手した。 名付けて**「村まるごと断熱改修計画」**。 翌日から、澤北は泥まみれになった。 粘土質の土を掘り起こし、天日干しした枯れ草を細かく刻んで混ぜ込む。水で練り上げ、発酵するまで少し寝かせる。 タケルも面白がって手伝ってくれた。
「へえ、草を混ぜるだけで軽くなるんだな」 「この草の空洞が、熱を逃さない壁になるんです」
廃屋の壁の穴を塞ぎ、薄い板壁の上からその泥を塗りたくる。 見た目は不格好な土の塊のような家になった。 だが、その夜。 タケルと二人で小屋に入った時、その効果は歴然としていた。
「……あったけえ」
タケルが驚きの声を上げた。 囲炉裏で小さな火を焚いただけなのに、その熱が逃げずに部屋全体を包んでいる。今までは火のそば以外は極寒だったのが、部屋の隅にいても凍えることがない。
「風が入ってこないだけで、こんなに違うのか」 「これが『断熱』と『気密』の力です。これなら、少ない薪でも朝まで暖かく過ごせます」
翌朝、村長やガンテツを小屋に招き入れた。 彼らは言葉を失った。外は霜が降りるほどの寒さなのに、室内は春のような温もりがあったからだ。
「澤北……お前、魔法使いか何かか?」
ガンテツが呆然と呟く。
「いいえ、ただの知識です。誰にでもできる技術です」 「やるぞ!」
村長が叫んだ。その目に、かつてないほどの光が宿っていた。
「冬が来る前に、全世帯の壁を塗り直す! 総出だ! 澤北、指揮を執れ!」
村が、再び動き出した。 食料確保と並行しての土木工事。過酷な重労働だ。だが、村人たちの顔に悲壮感はなかった。 「今年の冬は死ななくて済むかもしれない」。その具体的な希望が、彼らの体を突き動かしていた。
澤北は現場を走り回りながら、充実感に震えていた。 自分の指示で人が動く。自分の知識が、人の命を守る盾になる。 かつて「社会のお荷物」だった自分が、今は「司令塔」として機能している。
(まだだ、まだ足りない。もっと良くできるはずだ)
澤北の脳内では、次のアイデアが既に渦巻いていた。 床の断熱には籾殻が使えるのではないか? 囲炉裏の排熱を利用して、床暖房のような構造が作れないか? 川の泥から粘土を精製すれば、もっと丈夫なレンガが焼けるのではないか?
知識の連鎖が止まらない。 それは、長く眠っていた澤北の「情熱」が、完全に覚醒した瞬間だった。




