「食べられるもの大全」の萌芽
作業は困難を極めた。 まず、「見分けがつかない」という問題だ。 澤北にとっては図鑑の知識と実物が一致するが、村人にとっては「ただの草」と「食べられる草」の区別がつかない。
「澤北さん、これは?」 「それはドクゼリです! 絶対に食べちゃダメです。似てますが、根元の形が違います」 「こっちは?」 「それはただの雑草ですね……あ、でも繊維が強いから縄の代わりになるかも」
澤北は森の中を走り回り、一人一人の手元を確認して回った。 効率が悪い。このままでは、自分が倒れるか、誤食事故が起きるかだ。 知識を「定着」させる仕組みが必要だ。
(紙があれば……いや、紙なんて贅沢品はこの村にはない)
澤北は地面の土に枝で絵を描きながら説明していたが、ふと、村の一角に積み上げられた廃材――壊れた家の壁板に目が止まった。
「タケルさん、あの板、使っていいですか?」 「ああ、薪にする予定のやつか? 構わんが」
澤北は炭を拾い、板の表面に大きく植物の絵を描き始めた。 美術の成績は良くなかったが、特徴を捉えることには集中した。葉のギザギザ、茎の色、根の形。
「いいですか、皆さん! ここを見てください。これが今日探す『オオバコ』の特徴です。葉脈がこう、縦に走っているのが本物。似ているけど網目状なのは偽物です!」
板を掲げると、村人たちが集まってきた。
「へえ、絵にすると分かりやすいな」 「なるほど、ここを見ればいいのか」
これが、後に村の宝となる**『食べられるもの大全』**の最初の1ページだった。 薄汚れた廃材に、炭で描かれた拙い絵。だがそこには、生き延びるための情報が詰まっていた。
昼過ぎ、成果は上々だった。 籠いっぱいの野草、そしてタケルたちが持ち帰ったヘビやカエル(村人たちは悲鳴を上げたが、澤北は貴重なタンパク源として称賛した)。 村の広場に戻り、早速加工作業に入る。
「ヘビは皮を剥いで、骨ごと叩いて団子にします。カエルも同様です。見た目を誤魔化せば、鶏肉と変わりません」 「……本当に食うのか?」
顔を青くする女性陣に、澤北は自らナイフを振るって見せた。 前世、魚を捌く動画を延々と見ていたのが役に立った。内臓を傷つけずに取り出し、皮をするりと剥ぐ。その手際の良さに、周囲から感嘆の声が漏れる。
「生きるためです。慣れれば美味いもんですよ」
大鍋で煮込み、アクを丁寧に取る。 やがて、肉の焼ける匂いとスープの香りが漂い始めると、嫌悪感は空腹感に負けた。
その日の夕食。 「ヘビ団子の汁」を恐る恐る口にしたガンテツが、目を見開いた。
「……なんだこれ。獣の臭みがねえ」 「泥抜きをして、香草と一緒に叩きましたからね。精がつきますよ」
澤北が言うと、ガンテツは無言で汁を飲み干し、お代わりを要求するように椀を突き出した。 言葉はなくとも、それが認めた証だった。




