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再生の物語 つながりを紡ぐ  作者: 冷やし中華はじめました
種を蒔く人

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煤と蒸気の都

窓ガラスが、ガタガタと小刻みに震えている。 風のせいではない。遥か眼下、幾千もの鉄の車輪がレールを噛み、蒸気を吐き出しながら疾走する振動が、この丘の上のサナトリウム(療養所)にまで響いてきているのだ。

「……今日は、一段と煙が濃いな」

車椅子の上で、澤北は低く呟いた。 喉の奥で痰が絡む音がする。八十を超えた肉体は、枯れ木のように痩せ細り、かつて森を駆け回った足はもう動かない。膝に掛けられた分厚い毛布だけが、冷え切った下半身を温めてくれている。

「お爺様、窓を開けますか? 今日は風がありますから、少しは空気が綺麗ですよ」

背後から、若く鈴のような声がした。 振り返る首も億劫だが、澤北はゆっくりと視線を向けた。そこに立っていたのは、曾孫ひまごにあたる少女、エレナだ。彼女の髪は、かつての相棒・タケルと同じ、燃えるような赤茶色をしていた。

「いや、いい……。この景色を、ガラス越しではなく見ておきたい」

澤北のしわがれた声に、エレナは小さく頷き、窓の鍵を外した。 冷たい風と共に、独特の匂いが部屋に流れ込んでくる。 石炭の焦げる匂い。鉄錆の匂い。そして、人間の欲望が凝縮されたような、熱気の匂い。

澤北は眼下に広がる光景を見下ろした。 かつて、そこには鬱蒼とした森と、泥にまみれた寒村があったはずだ。 だが今、そこにあるのは**「怪物」**だった。

地平線まで埋め尽くすレンガ造りの建物。空を突き刺す無数の煙突からは、黒や灰色の煙が絶え間なく吐き出され、太陽を薄汚れたオレンジ色に染めている。 空には巨大な飛行船が鯨のように浮かび、地上では蒸気機関車が黒い蛇のように走り回っている。ガス灯の列が血管のように街を巡り、夜になれば地上に星空を作り出す。

サワキタ・シティ(自由都市サワキタ)。 人口五十万を擁する、大陸最大の工業都市。

「すごいですね。あそこに見えるのが、先月完成した第三製鉄所です。お爺様が設計した『高炉』の改良版が稼働しているんですよ」

エレナが誇らしげに指差した。 彼女は大学で工学を学んでいる。その目は、輝かしい未来しか見ていない。

「……ああ、そうだな」

澤北は目を細めた。 確かに、飢えはなくなった。凍える冬も、暖房完備の家々が克服した。 だが、その代償はどうだ。 川は工場排水で濁り、空は煤煙で覆われた。貧民街には地方から流れてきた労働者が溢れ、新たな格差が生まれている。

(私は、正しかったのだろうか)

その問いが、骨の髄に染み付いた痛みのように疼いた。 自分はただ、目の前の飢えを救いたかっただけだ。リクのような犠牲者を出したくなかっただけだ。 そのために「知識」という種を蒔いた。 だが、その種は育ちすぎたのかもしれない。巨大な樹木となり、その影で多くのものを枯らしているのではないか。

「……私が作ったのは、楽園ではなかったな」

ポツリと漏らした言葉に、エレナがハッとして顔を覗き込んだ。

「どうしてそんなことを仰るのですか? 歴史の教科書には書いてあります。『建国の父・サワキタは、魔法のような知識で民を飢餓から救い、文明の火を灯した』って。みんな、お爺様を尊敬しています」

「教科書か……。綺麗なことしか書かんよ、歴史というやつは」

澤北は苦笑した。その拍子に咳き込み、エレナが慌てて背中をさする。 咳が収まると、澤北は再び街を見た。

「エレナ。あの黒い煙が見えるか」 「はい。工場の煙ですね。……少し喉が痛くなりますけど、豊かさの証拠です」 「昔はな……空がもっと青かったんだ。突き抜けるように高くて、怖いくらいに青かった」

澤北の脳裏に、この世界に落ちてきた日の空が蘇る。 あの時の絶望的な孤独。そして、タケルと見上げた星空の美しさ。

「私は、皆の腹を満たすために、その青空を売り払ってしまったのかもしれん」

「お爺様……」

エレナは少し悲しげな顔をし、それから澤北の手を握った。若く、温かい手だ。

「でも、そのおかげで私たちは生きています。青空だけでは、お腹は膨れませんから」

彼女の言葉は、かつて自分が理想論を語る赤狼村の男たちに突きつけた現実リアルそのものだった。 澤北はハッとした。 いつの間にか、自分は「失ったもの」ばかりを数える老人になっていた。だが、目の前の曾孫は「得たもの」を使って、次の時代を生きようとしている。

「それに、大学では今、新しい研究が進んでいるんです。『煙を出さない燃料』や、『汚れた水を綺麗にする濾過装置』の研究が」

エレナは力強く言った。

「お爺様が作ったこの街を、今度は私たちが綺麗にします。……だから、後悔なんてしないでください」

澤北は、握り返された手の温もりを感じながら、涙腺が緩むのを感じた。 蒔いた種は、自分が思っていたのとは違う形で、けれど確かに芽吹いていたのだ。 知識だけでなく、「問題を解決しようとする意志」までもが継承されている。

「……そうか。頼もしいな」

「はい! 任せてください」

その時、一際大きな汽笛が鳴り響いた。 夕刻を告げる工場のサイレンだ。街中の歯車が、一斉に交代の時間を迎える。 巨大な都市が生き物のように呼吸している。

澤北は車椅子の背にもたれかかった。 疲れを感じた。心地よい疲れだ。

「エレナ。……明日は、天気が良いそうだな」 「ええ、予報では快晴だそうです」 「なら、久しぶりに外へ連れ出してくれないか。……会いに行きたい奴らがいるんだ」

「墓地、ですね?」

澤北は頷いた。 かつての喧騒の日々を共に駆け抜け、今は土の下で眠る戦友たち。 彼らに、この街の景色をどう報告すべきか。 今夜はそれを考えながら、少し早めに眠ることにしよう。

サワキタ・シティの灯りが、一つ、また一つと灯り始めていた。 それは煤煙の中でも決して消えることのない、生命の輝きのように見えた。


ハッピーエンド(?)になるように書き換えました。


稚拙だった部分も書き換えました。


楽しんでいただける人がいたら、嬉しいです。

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