恐怖の同盟(チェックメイト)
一週間が過ぎ、出航の日が来た。 艦隊は完全に回復していた。 提督は新しい軍服に着替え、甲板に澤北を呼び出した。
彼は、澤北に感謝の握手を求めた……フリをして、冷たい目で一枚の書類を突きつけた。 そこに描かれているのは、帝国の旗と、都市の上に描かれた帝国旗。 そして、大砲の絵。
言葉は分からずとも、意味は明白だ。 「我々は回復した。降伏せよ。さもなくば撃つ」。 周囲の兵士たちが、一斉に銃を構える。 恩を仇で返す。それが国家間のリアルだ。
澤北は、悲しげにため息をついた。 そして、ゆっくりと右手を上げ、指を鳴らした。
――パチン。
その乾いた音が、終わりの合図だった。
ドォォォォォン!!!
港の入り口、艦隊の退路となる海域で、巨大な水柱が上がった。 船が激しく揺れる。 提督が悲鳴を上げて手すりにしがみつく。 敵襲か? いや、海中に仕掛けられた機雷(実際には偽装した火薬樽)だ。
澤北は動じず、一枚の図面を広げて見せた。 それは、ガンテツたちが描き上げた**「蒸気機関の完全な設計図」**の写しだった。 澤北は、実物の煙突と、図面を交互に指差した。 そして、自分の目を指差し、提督を指差した。
――全部、見たぞ。中身はいただいた。
さらに、澤北はもう一枚の絵を見せた。 同じ蒸気船が、何十隻も並んで、帝国艦隊を包囲している絵だ。
提督は顔面蒼白になった。 この男は、自分たちを治療して油断させ、その隙に最高機密であるエンジン技術を盗み出したのだ。 今ここで都市を攻撃しても、技術は既に流出している。 さらに、退路は爆弾で塞がれている。 袋のネズミだ。
澤北は、硬直する提督の肩をポンと叩き、握手を求めた。 ニッコリと笑って。 「戦うか、手を組むか。選べ」という笑顔だ。
提督は震える手で、その手を握り返した。 膝が笑っていた。 完敗だった。 武力でもなく、言葉ですらなく、この男は純粋な知略だけで帝国艦隊を屈服させたのだ。
数時間後。 黒船艦隊は、一発の砲弾も撃つことなく、逃げるように去っていった。 甲板に残されたのは、大量の金貨(治療費と技術提供料という名目)と、帝国の最新海図。
港で見送るタケルが、呆れたように言った。
「……おっかねえな、お前は。あいつら、一生トラウマになるぞ」 「いいお客様でしたよ。おかげで、産業革命の仕上げができました」
澤北は海風に吹かれながら、遠ざかる黒煙を見つめた。 手には、ガンテツが描いた設計図がある。
これで、世界と渡り合える。 だが、その先にあるのは、もう牧歌的な村作りではない。 鉄と油と、陰謀が渦巻く近代国家の運営だ。
「……行きましょう、タケルさん。忙しくなりますよ」
澤北が歩き出す。 その背中は、この世界に来た時よりも一回り小さく、しかし鋼のように強靭に見えた。




