表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
再生の物語 つながりを紡ぐ  作者: 冷やし中華はじめました
沈黙の接触

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/56

直角の証明

 小舟は、波に揉まれながら黒船へと近づいていく。  漕ぎ手はタケル一人。船首に立つのは澤北。  頭上を覆うような鉄の壁が迫る。見上げれば、甲板には異国の兵士たちが銃を構え、殺気立った視線を注いでいるのが見えた。

 今にも引き金が引かれそうな緊張感。  澤北は、持参した大きな木の板をゆっくりと掲げた。

 白旗ではない。  そこに描かれているのは、言葉でも、降伏のサインでもない。  炭とチョークで描かれた、「図形」だ。

 一つの直角三角形。  その三つの辺に、それぞれ接する正方形。  正方形の中には、グリッドが描かれている。  三×三の九。  四×四の十六。  五×五の二十五。

 ピタゴラスの定理。  この宇宙を支配する、変わることのない幾何学の真理。

 ――ドォン!

 黒船から水飛沫が上がった。威嚇射撃だ。  小舟が大きく揺れ、タケルが悲鳴を上げる。   「おい! 撃ってきたぞ! 通じてねえ!」

 澤北は板を下ろさなかった。  波しぶきを浴びながら、さらに高く、敵の艦橋に向けて掲げ続けた。  風が、板を吹き飛ばそうと吹き荒れる。

(……見ろ。見ているはずだ)

 澤北は念じた。  これほどの船を作る文明だ。彼らが「蛮族」を殺しに来たのなら、撃てばいい。  だが、もし彼らに「知性」への敬意があるなら。

 黒船のブリッジ。  一人の士官が、双眼鏡を覗いていた。  彼の手が止まる。  レンズの向こうにあるのは、ただの布切れではない。正確に描かれた、数学的証明図。  自然界には存在しない、知性のみが生み出せる「形」。

 長い、長い沈黙があった。  波の音だけが響く。

 やがて、甲板の兵士たちの銃口が、ゆっくりと下げられた。  士官が手すりに身を乗り出し、手旗信号のようなジェスチャーを送った。  「来い」。

 澤北は板を下ろし、大きく息を吐いた。  背中には、びっしりと冷や汗をかいていた。

「……通じました。数学は、言葉よりも雄弁だ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ