灰色の朝、極彩色の知識
その日の朝も、空は重たい鉛色だった。 だが、村の空気は昨日までとは決定的に違っていた。絶望という名の澱んだ水が、わずかに動き出した気配がある。 村長からあてがわれた空き家――と言っても、壁の土は崩れ落ち、屋根から空が見える廃屋同然の小屋――で、澤北は目を覚ました。 寒さで体が強張る。だが、腹の底には昨夜のスープの熱がまだ微かに残っている気がした。
「……よし」
澤北は自身の頬を叩いた。 今日からが本番だ。昨日のスープは、あくまで「掴み」に過ぎない。継続的に食料を確保し、来るべき冬に備えなければ、この村は全滅する。 外に出ると、既にタケルが待っていた。
「早いな、先生」 「先生はやめてください。……タケルさん、今日は村の人手を借りたいんですが」 「ああ、村長から言いつかってる。『澤北の指示に従え』とな。……だが、期待しすぎるなよ。昨日のスープで元気が出たとはいえ、みんなまだ半信半疑だ」
タケルの言葉通り、広場に集まった村人たちの視線は複雑だった。 昨日の感動は嘘ではない。だが、長年染み付いた「飢えへの恐怖」と「変化への警戒心」は、そう簡単には拭えないのだ。 特に、集団の後ろで腕を組んでいる中年の男――岩のような頑強な体つきをした男の視線が痛い。
「あれはガンテツだ。村一番の力持ちだが、頭が固くてな」
タケルが小声で教える。 澤北は頷き、集まった十数人の村人に向かって声を張り上げた。
「集まっていただきありがとうございます! 今日は、森に入って食料を集めます。ですが、ただ闇雲に探すのではありません。『視点』を変えてもらいます」
澤北は懐から、昨日タケルと採ってきた植物のサンプルを取り出した。
「今日探すのは、これです。『イタドリ』と『ノビル』です」 「雑草じゃねえか」
案の定、ガンテツが鼻で笑った。
「そんな草、子供の頃に遊びで噛んだことはあるが、腹の足しになんかならねえよ。俺たちは忙しいんだ。薪を拾ったり、少しでも残ってる麦の世話をしなきゃなんねえ」 「麦はもう育ちません」
澤北は断言した。ざわめきが起きる。
「この寒さです。これ以上手をかけても、収穫は見込めない。今は、確実にカロリー……精力がつくものを確保するのが先決です。イタドリは痛み止めにもなるし、塩漬けにすれば保存食になる。ノビルは滋養強壮に効く。これを大量に集めます」
ガンテツが食ってかかろうとした時、村長が静かに杖を突いた。
「行かせろ、ガンテツ。麦がダメなのは、お前も薄々気づいているはずだ」 「……チッ」
ガンテツは舌打ちをし、背を向けた。 完全に納得したわけではない。結果で示すしかない。
澤北は村人を三つの班に分けた。 第一班はタケル率いる「狩猟・探索班」。体力のある若者を中心に、森の奥まで入り込む。 第二班は「採取班」。女性や高齢者を中心に、近場の野草を集める。 第三班は「加工班」。集めた食材をすぐに処理できるよう、水と薪を準備する。
「俺は第二班と行きます。皆さん、足元をよく見てください。宝物は、泥の中にあります」
澤北の号令で、村人たちが動き出した。 森への一歩。それは、彼らにとって「見慣れた風景」を「資源の山」へと塗り替える作業の始まりだった。




