澤北の慟哭
吹雪を避けるため、ガロウが見つけた小さな洞窟に身を潜めてから、数時間が経っていた。 タケルは遅れて戻ってきた。全身血まみれだったが、大きな怪我はないようだ。だが、荷運びの若者はリクを含めて二人、失われた。
澤北は洞窟の奥で、膝を抱えて震えていた。 嘔吐しすぎて、もう胃液しか出ない。 リクの死に顔が焼き付いて離れない。彼が伸ばした手。自分がその手を握れなかった事実。
(俺が殺した。俺が「いい人」ぶって、彼らを招き入れたから) (知識なんて何の役にも立たなかった。俺は無力だ。無能だ。ただの殺人者だ)
澤北の精神は崩壊寸前だった。前世で社会から逃げ出した時と同じ、いやそれ以上の絶望。 このまま雪の中で凍死したほうがマシだ。そう思った。
澤北は、心の中で認めた。 「私は無力だ」。 現代の倫理観も、甘いヒューマニズムも、ここでは通用しない。私は状況をコントロールできていなかった。私の傲慢なエゴが、リクを殺したのだ。
ドンッ! 強い衝撃と共に、澤北の体が宙を舞った。 タケルに殴られたのだ。
「……いつまでメソメソしてんだ、この野郎!」
タケルが澤北の胸ぐらを掴み上げ、壁に押し付けた。その目は血走っているが、涙が溜まっていた。
「リクは死んだ! 食われて死んだ! お前のせいでな!」 「……ああ、そうだ。殺してくれ」
澤北は力なく答えた。
「殺さねえよ。……死んで楽になろうなんて許さねえ」
タケルは澤北を睨みつけたまま、静かに言った。
「リクはお前を信じてた。『先生なら新しい世界を作れる』ってな。……その期待ごと、ここで野垂れ死ぬつもりか?」
澤北はタケルの目を見た。 そこにあるのは、圧倒的な「生への執着」と、仲間への「怒りに似た愛」だ。 自分一人のちっぽけな良心や判断は、もう信じられない。 だが、目の前にいるこの男たち――タケルとガロウという、過酷な世界を生き抜いてきた「強者たち」の判断になら、従えるかもしれない。
(俺はもう、自分の正義を捨てる。甘い理想も捨てる) (この地獄を生き抜くために必要な『冷徹さ』という神に、全てを委ねる)
澤北の瞳から、光が消えた。代わりに、底知れない暗い炎が灯った。 彼はゆっくりと、タケルの手を解いた。
「……殺さない。二度と、俺の判断で仲間を殺させない」
澤北は懐から、一枚の地図を取り出した。血で汚れた手で、火山の方角を指差す。
「行くぞ。硫黄を手に入れる」
その声は、以前のような温かみのあるものではなく、氷のように冷たく、硬質だった。
「あの村を焼き払うためにも、火薬がいる。……俺は、悪魔にでもなってやる」
ガロウがニヤリと笑った。
「やっと目が覚めたか。……それでこそ、俺たちのリーダーだ」
澤北は立ち上がった。 善人は死んだ。 ここにいるのは、目的のために手段を選ばない、一人の修羅だった。 再生の物語は、最も暗い谷底を経て、新たなフェーズへと進む。




