偽りの希望
夏の日差しが照りつける村を出発してから十日。景色は一変していた。 緑豊かな森は消え、岩肌が露出した荒野を経て、今や視界の全てが白一色に染まっていた。 北の山脈地帯。そこは、夏でも雪が消えない「死の領域」だ。
「……寒いな。想像以上だ」
澤北はダウンジャケット(古着の布の間に、洗浄した水鳥の羽毛を詰め込んだ自家製品)の襟を立て、白い息を吐いた。 今回の遠征メンバーは精鋭だ。澤北、タケル、ガロウ。そして、荷運びとして志願した赤狼村の若者たち五名。その中には、以前澤北に読み書きを教わった十八歳の青年、リクもいた。
「先生、大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
リクが心配そうに覗き込んでくる。彼は重い荷物を背負っているにも関わらず、足取りが軽い。
「平気だよ、リク。……ただ、少し甘く見ていたかもしれない」 「へへっ、先生の発明したこの防寒着があれば無敵ですよ! 俺、こんなに暖かい服、初めて着ました」
リクは無邪気に笑った。 澤北はその笑顔を見て、少し安堵した。 火薬の原料である硫黄を手に入れる。それは村の独立のために必須だ。 危険な旅だが、現代の知識と装備があれば乗り越えられる。自分には「正解」が見えている。 ――そう、信じていた。この時までは。
さらに北上すると、道端に奇妙なオブジェが増え始めた。 雪に埋もれた、凍死体だ。 一つや二つではない。点々と、まるで道標のように転がっている。
「……ひでえな」
ガロウが低く呟いた。
「みんな、南へ逃げようとして力尽きたんだ。この先にあるのは、人間の住む場所じゃねえ」 「それでも、行くしかありません。硫黄がなければ、村は守れない」
澤北は自分に言い聞かせるように言った。 知識があれば、自然の猛威もコントロールできる。そう思っていた傲慢さが、判断を狂わせていくことに、彼はまだ気づいていなかった。




