毒饅頭作戦
村長宅の広間。 ゲオルグは不機嫌そうに席に着いていた。出された料理は、麦の粥や干し肉といった質素なもの(澤北がわざとそう指示した)で、彼の肥えた舌を満足させるものではなかったからだ。
「おい、これが『歓迎』か? 田舎者は礼儀も知らんのか」
ゲオルグが皿を押しやった時、澤北が恭しく入室してきた。 手には、美しいガラスの瓶と、グラスが載った盆を持っている。
「お食事のお口に合わず申し訳ありません。……ですが、食後の一杯に、村一番の『秘薬』をご用意いたしました」 「秘薬だと? 変な草の汁じゃないだろうな」
澤北は無言で、透明なグラスに、琥珀色の液体を注いだ。 トクトクという心地よい音と共に、部屋中に芳醇な香りが広がる。 蒸留酒を、焦がした樽で熟成させた特製のウイスキーだ。
「……なんだ、この香りは」
ゲオルグが鼻をひくつかせた。 澤北はグラスを差し出した。
「『命の水』と呼んでおります。疲れを癒やし、活力を与える水です。どうぞ」
ゲオルグは疑い深そうに一口含んだ。 その瞬間、彼の目がカッと見開かれた。 喉を焼くアルコールの刺激、その後に広がる穀物の甘みと樽の香り。
「う、美味い……! なんだこれは! 都の高級ワインより強烈で、深い!」 「お気に召して光栄です」
澤北はすかさず二杯目を注いだ。 そして、テーブルの上に、もう一つの「品」を置いた。 小さな木箱だ。蓋を開けると、中には精巧なガラス細工――馬を象った彫刻が入っていた。
「これは……ガラスか? これほど透明で、精巧な……」 「代官様への、個人的な贈り物でございます」
澤北は声を潜めた。
「代官様。……我々は田舎者で、帳簿をつけるのが苦手でしてね。実は、今年の収穫は記録よりもずっと少なかったのです。それに、このガラスも、たまたま出来た失敗作でして」
澤北は、もう一つの小さな袋をテーブルの下から滑らせた。 中に入っているのは、銀貨ではない。砂金だ。赤狼村の山から、極少量だが採掘されたものだ。
「この村のことは、代官様の胸一つでどうにでもなるかと存じます。……もし、税の報告を『手心』加えていただけるなら、この『命の水』と『ガラス細工』、そして季節ごとの『ご挨拶』を、毎月代官様の屋敷へ直接お届けいたしますが」
ゲオルグの手が止まった。 彼はグラスと、ガラス細工と、砂金の袋を交互に見た。 計算しているのだ。 真面目に税を取り立てて領主に納めても、自分の手柄になるだけで懐には一銭も入らない。 だが、この村と結託すれば……毎月、莫大な賄賂が自分のものになる。
ゲオルグの顔が、ゆっくりと崩れた。 欲に負けた顔だ。
「……ふむ。確かに、よく見れば今年の麦は不作のようだな」
ゲオルグは酒を飲み干し、砂金の袋を懐に入れた。
「それに、こんな辺境から職人を連れて行くのも手間だ。……私が『技術などなかった』と報告しておいてやろう」 「ありがとうございます。……代官様は、この村の救世主です」
澤北は深々と頭を下げた。 心の中では舌を出していた。 これで共犯関係だ。彼はもう、村を売れない。村を売れば、自分の汚職もバレるからだ。




