黒い馬車
夏の日差しが照りつける午後。 村のメインストリート――最近、石畳が敷かれ始めた通りを、一台の馬車が走ってきた。 泥だらけの荷車ではない。黒塗りの塗装が施され、窓にはカーテンが引かれた、見るからに高級な馬車だ。それを、革鎧を着込んだ十数名の騎兵が護衛している。
村の空気が一瞬で凍りついた。 作業中の手は止まり、子供たちは親の背中に隠れる。 馬車の扉には、猛禽類を模した紋章が描かれている。この地を治める領主、バルトロメウス伯爵家の紋章だ。
馬車は広場の中央で止まった。 御者が恭しく扉を開けると、中から一人の男が降りてきた。 ビロードの服に、白いタイツ。腹が出た肥満体で、脂ぎった顔には不機嫌そうな皺が刻まれている。 徴税官、ゲオルグだ。
「……臭いな」
ゲオルグは降り立つなり、わざとらしくハンカチで鼻を覆った。
「獣と土の臭いだ。これだから田舎は嫌なんだ」
彼は村人たちを一瞥もしないまま、杖で地面をコツコツと叩いた。
「村長はどこだ? 領主様の代理人である私が来てやったのだぞ。出迎えもしないとは、どういう教育を受けている」
村長が慌てて駆け寄ろうとしたが、澤北がそれを手で制して前に出た。 澤北は深々と頭を下げた。現代のビジネスマン仕込みの、完璧な角度の最敬礼だ。
「お待たせいたしました、代官様。私が、村長の補佐をしております澤北と申します」 「フン、補佐? まあいい。……聞いたぞ。この村、随分と景気が良いそうじゃないか」
ゲオルグの目が、卑しく光った。 彼の視線は、村人の身なり、新築されたレンガの家、そして工房から立ち上る煙を値踏みするように舐め回した。
「去年の税は『不作のため免除』と報告されていたはずだが……これはどういうことだ? 脱税か? 反逆か?」 「滅相もございません。全ては今年に入ってからの、村人たちの血の滲むような努力の成果です」 「口答えするな!」
ゲオルグが杖を振り上げた。 タケルが反射的に動こうとしたが、澤北は背中で合図を送って止めた。
「まあいい。……要件を言う。過去の未払い分も含め、今年の収穫の八割を税として納めろ。加えて、この村で作っているという『ガラス』と『酒』の製法、並びに職人を全て領都へ差し出せ」
広場にどよめきが走った。 八割。それは死の宣告に等しい。さらに技術と職人を奪われれば、村はまた元の廃墟に戻ってしまう。
「……それは、あまりにも過酷な要求かと」 「領主様の命令は絶対だ! 拒否すれば、反逆罪としてこの村を焼き払う! 騎士団を動かす準備はできているんだぞ!」
ゲオルグは唾を飛ばして喚き散らした。 典型的な、虎の威を借る狐。だが、その背後にいる「虎」は本物だ。
「回答は明日の朝まで待ってやる。……それまでに、私を楽しませる『歓迎』の準備も忘れるなよ?」
ゲオルグは下卑た笑みを浮かべ、村長宅を我が物顔で占拠するために歩き出した。 残された村人たちの間には、絶望ではなく、どす黒い殺気が渦巻き始めていた。




