天秤の上の真実
「……なんだと?」
ベンの眉が跳ね上がった。
「足りないと言うのか? 今の相場なら破格だぞ」 「額の問題じゃありません。『質』の問題です」
澤北はカウンターに置かれた銀貨袋から、一枚を取り出した。
「ベンさん。あなたなら分かっているはずだ。この銀貨、本当の価値はどれくらいですか?」
澤北は銀貨を指先で回した。
「色が黒ずんでいる。鉛が混ざっている証拠だ。重さも軽い。……領主様が改鋳を行ったんでしょう? 以前の銀貨に比べて、銀の含有量は半分、いや三割といったところか」
ベンは絶句した。痛いところを突かれた顔だ。
「この銀貨を五十枚もらっても、実質的な価値は十五枚程度だ。しかも、明日はもっと価値が下がっているかもしれない。そんな腐った魚のような金で、我々の血と汗の結晶である鉄を売るわけにはいきません」
店内には重い沈黙が流れた。 タケルたちはハラハラしながら見守っている。怒らせて商談が決裂すれば元も子もない。 だが、ベンは怒らなかった。代わりに、深く、重い溜息をついて椅子に座り込んだ。
「……あんたの言う通りだ。この国の金は、もう死んでいる」
ベンは顔を覆った。
「領主は戦争と贅沢のために、粗悪な銀貨を乱発した。商人は誰も信用していない。物価は上がり続け、真面目に商売をしている人間から馬鹿を見る……。私も、もう店を畳もうかと思っていたところだ」
老商人の独白。それは経済の敗北宣言だった。 澤北は静かに言った。
「だからこそ、提案があります。ベンさん、我々と『本物の取引』をしませんか」
澤北は懐から、一枚の羊皮紙(代用品の樹皮紙)を取り出した。
「我々が欲しいのは、銀貨という記号ではありません。実用品です。……塩、牛や馬、古着、油。それらと、この鉄製品を『物々交換』していただきたい」
ベンが顔を上げる。
「物々交換だと? そんな原始的な……」 「今のように貨幣が信じられない時代には、原始こそが最強です。鉄の価値は変わりません。塩の価値も変わりません。物と物の交換レートを、我々で決めましょう」
澤北の提案は理に適っていた。 ベンにとっても、手持ちの商品(塩や油)はあっても、インフレで売るに売れず困っていたのだ。それらを、確実に価値のある「鉄」に変えられるなら、資産防衛になる。
「……あんた、どこの商人だ? ただの村人には見えんが」 「昔、少し商売をかじっていただけですよ」
澤北は微笑んだ。 ベンは立ち上がり、澤北の手を強く握った。
「気に入った。取引成立だ。……私の倉庫にあるもの、好きなだけ持っていけ」




