腐った銀貨と沈む船
城塞都市ベルンの市場は、活気というよりは「殺気」に満ちていた。 道端には痩せこけた子供が座り込み、その横を、派手な服を着た成金らしき男たちが、護衛を引き連れて闊歩している。
「おい、パン一つの値段が昨日の倍だぞ!」 「嫌なら買うな! 明日には三倍になってるかもしれねえんだぞ!」
怒号と罵声。 澤北はその光景を見ながら、胃が痛くなるのを感じた。典型的なスタグフレーション(不況下の物価高)だ。生産能力が落ちているのに、貨幣だけがジャブジャブに供給されている。
「澤北、どうする? 適当な店に入って売り払っちまうか?」
タケルが不安そうに尋ねる。荷車には貴重な鉄製品が積まれている。これを狙う視線も痛いほど感じる。
「いいえ、焦ってはいけません。……目先の金に目が眩んでいる連中は避けましょう。この泥舟のような経済の中で、まだ『商人の誇り』を捨てていない相手を探すんです」
澤北たちは裏通りへと足を進めた。 目抜き通りの店はどこも「本日完売」か「時価」の看板を出して暴利を貪っているが、裏通りにはシャッターを下ろした店が多い。 その一角に、古びているが掃除が行き届いた、一軒の商店があった。 看板には『ベンジャミン商会』とある。店先に客はいない。だが、棚に並べられた商品は整然としており、店主らしき白髪の男が、帳簿を片手に深い溜息をついているのが見えた。
「あそこだ」
澤北は直感した。この店主の顔には、強欲さではなく「苦悩」がある。
店に入ると、カウベルが乾いた音を立てた。 店主のベンジャミン――通称ベンが顔を上げた。六十代くらいだろうか。身なりは質素だが、仕立ての良い服を着ている。
「……いらっしゃい。悪いが、小麦粉は品切れだ。油も少ししかない」
ベンは力なく言った。
「買いに来たんじゃありません。商談に来ました」
澤北は単刀直入に切り出した。
「最高級の鉄製品があります。鍬、鋤、それに丈夫な小刀。……見ていただけますか」
ベンは怪訝そうな顔をしたが、商人の性か、商品は見ることにしたようだ。 タケルが荷車から、布に包まれた鍬を一本取り出し、カウンターに置いた。 ベンがそれを手に取る。 ずしりとした重み。滑らかな表面。そして、鋭く研ぎ澄まされた刃先。
「……ほう」
ベンの目の色が劇的に変わった。 指で刃を弾く。キーン、と長く澄んだ音が店内に響く。
「これは……鍛造か? しかも、不純物がほとんどない。都の王室御用達の工房でも、これほどの鉄はそうそう作れんぞ。どこで仕入れた?」 「我々の村で作りました」
ガンテツが鼻を鳴らして前に出た。
「俺が叩いたんだ。強度は保証するぜ。石を叩いても刃こぼれしねえ」
ベンはしばらく鍬を見つめていたが、やがて顔を上げ、澤北を真っ直ぐに見た。
「……いい品だ。喉から手が出るほど欲しい。農村部では農具が不足して困っているからな。これを売れば飛ぶように売れるだろう」
ベンは金庫を開け、銀貨が入った袋を取り出した。
「鍬一本につき、銀貨五十枚でどうだ? 相場の倍は出す」
タケルたちが息を呑んだ。銀貨五十枚。以前の感覚なら大金だ。 だが、澤北は首を横に振った。
「お断りします」




