最初のケラ
熱が冷めるのを待って、その塊――ケラは引きずり出された。 大人が三人掛かりでようやく持ち上がるほどの重量だ。
「こいつぁ……たまげたな」
ガンテツが震える手で、ケラの一部を小槌で叩いた。 カンッ、と澄んだ高い音が響く。 割れた断面は、銀色に輝いていた。
「見てみろ、この輝きを。不純物がねえ。こんな上等な鉄、都の鍛冶屋でも滅多にお目にかかれねえぞ!」
ガンテツは興奮して唾を飛ばした。 その言葉に、疲れ切っていた男たちから歓声が上がった。
「やったぞー!」 「俺たちの鉄だ!」
タケルとガロウが、互いの肩を抱き合って笑っている。 三日間の煤と汗にまみれた顔。そこには、もう「余所者」の壁は微塵もなかった。
だが、澤北の仕事はまだ終わっていない。 鉄は、道具にして初めて価値が出る。
「ガンテツさん、休んでいる暇はありませんよ。早速、これを叩きましょう」 「おうよ! 腕が鳴るぜ!」
ここからは職人の独壇場だ。 ガンテツはケラを再び加熱し、大槌で叩き始めた。 火花が散る。不純物が飛び散り、鉄の密度が増していく。 鍛造。 叩くたびに、鉄は強くなる。まるで、叩かれることで結束を強めたこの村のように。
翌朝。 ガンテツの工房の前に、数本の「それ」が並べられた。 武器ではない。 分厚く、鋭く研ぎ澄まされた刃を持つ**「鍬」と「鋤」**だ。
「なんだ、剣じゃないのか」
見物に来ていた赤狼村の若者が、少し拍子抜けしたように言った。 澤北は微笑んで、一本の鍬を手に取った。ずしりと重い。だが、頼もしい重さだ。
「剣よりも、もっと強い武器ですよ。……見ていてください」
澤北は村外れの荒れ地――まだ木の根が残り、石が転がる未開墾の土地へと向かった。 普段なら、木の鍬が折れてしまうような硬い地面だ。
澤北は鍬を振り上げ、思い切り振り下ろした。 ドスッ! 鈍い音と共に、刃が土に深々と突き刺さる。 そのまま柄に体重をかけると、バリバリという音と共に、地中の木の根が切断され、黒い土が掘り返された。
「……!」
見ていた農夫たちが息を呑んだ。 木の鍬なら何十回も叩きつけなければならない作業が、たった一撃だ。
「ガロウさん、やってみますか?」 「……貸せ」
ガロウが鍬を受け取る。その剛腕で振るえば、威力は倍増した。 ザクッ、ザクッ、ザクッ。 まるで豆腐を切るかのように、硬い荒れ地が耕されていく。 その圧倒的な効率。暴力的なまでの生産性。
ガロウは手を止め、鍬の刃を見つめた。刃こぼれ一つしていない。
「……これがあれば」
ガロウが呟いた。
「これがあれば、俺たちの村の痩せた土地でも……石だらけの山でも、畑にできたのか」
その声には、悔恨と、そして深い感動が混じっていた。 飢えて死んだ家族。奪うしかなかった過去。 もし、この「鉄」があれば。この「知識」があれば。 「そうです。これからは、奪わなくていい。この鉄で土地を耕し、もっと多くの麦を育てられます」
澤北の言葉に、ガロウは無言で頷き、そして鍬を抱きしめるようにして天を仰いだ。
その日、村は二度目の祝杯を挙げた。 鉄製農具の配備。それは、この村が「生存」の段階を終え、「発展(文明)」の段階へと進化したことを告げる号砲だった。




