ふいごの風、命の風
一度目の失敗から十日後。 川辺の広場には、以前よりもひと回り大きく、そして堅牢な炉が鎮座していた。 だが、今回の主役は炉だけではない。その両脇に設置された、巨大な木箱のような装置――**「踏み鞴」**だ。
「いいか、仕組みは単純だ」
澤北は、選抜された「送風班」の男たちに説明した。班員にはタケルやガロウ、そして体力自慢の赤狼衆の男たちが並んでいる。
「この板を踏む。右、左、右、左。シーソーのように交互に踏み込むことで、中の弁が切り替わり、常に風が送り込まれる。休むことは許されない。火を止めたら、その時点で全てが鉄クズになる」
澤北の表情は真剣そのものだった。 今回の操業は三日三晩続く。不眠不休の総力戦だ。
「やるぞ! 点火!」
ガンテツの号令と共に、火種が投入された。 木炭が爆ぜる音が響く。 タケルとガロウが、最初の「踏み手(番子)」としてふいごの上に立った。
バタン、バタン。 板を踏み込むたびに、重く低い音が響き、筒の先から猛烈な風が炉内へ吹き込まれる。 「おおっ! すげえ!」
ガンテツが覗き窓から中を確認し、叫んだ。 前回とは勢いが違う。風を得た炎は、生き物のように咆哮し、炉内の温度を一気に引き上げていく。
「砂鉄、投入!」
サラサラと黒い砂が投げ込まれる。続いて木炭。 ここからはリズムだ。風を送り、燃料を足し、還元反応を維持する。
初日は順調だった。 だが、本当の地獄は二日目の夜から始まった。
「交代だ! 無理するな!」
澤北が叫ぶ。 ふいごを踏み続ける作業は、想像を絶する重労働だった。足の筋肉は悲鳴を上げ、汗が滝のように流れ落ちる。炉からの輻射熱で、全身が焼け付くようだ。 交代要員が入るが、彼らも数時間で限界が来る。
「くそっ……きついな、こりゃ」
休憩に入ったタケルが、地面に大の字になって喘いでいる。 横では、ガロウが竹筒の水筒を一気に飲み干していた。
「おい、平地の」
ガロウが、横でへばっている地元の若者に声をかけた。
「足が止まってたぞ。リズムを崩すと温度が下がる。……辛くなったら俺を見ろ。俺が合わせてやる」 「す、すいません……ありがとうございます」
極限状態の中で、敵対心など持っている余裕はなかった。 あるのは、「火を絶やすな」という共通の目的だけ。 ふいごのリズムが、村人たちの心臓の鼓動と同期していく。 バタン、バタン。それは、この村が一つに融合していく音のようにも聞こえた。
三日目の朝。 澤北はずっと炉のそばに張り付き、炎の色を見守っていた。 (赤から、橙……そして、白に近い黄色へ)
温度計はない。頼りになるのは自分の目と、炎の色の知識だけだ。 千三百度を超えているはずだ。中で砂鉄が溶け、酸素を奪われ、純粋な鉄へと変わっている。
「……そろそろだ」
澤北が呟いた。 最後の砂鉄を投入し終え、さらに数時間、木炭だけで熱し続ける「蒸らし」の工程に入る。
そして、夕刻。 ついにその時が来た。
「送風止め! 炉を解体する!」
ガンテツが巨大な木槌を振り上げた。 村人たちが固唾を飲んで見守る中、ガンテツが炉の壁を叩き割る。 ドゴォッ! 土壁が崩れ、猛烈な熱気と共に、中身が露わになった。
燃え残った炭と灰をかき分ける。 その中心に、赤熱する巨大な塊があった。
「……ケラ(鉄塊)だ」
澤北の声が震えた。 それは、汚れた岩の塊のように見えた。だが、確かにそこにある。 村人たちが作った、最初の鉄の結晶が。




